磐梯町・慧日寺跡(復元の金堂)
よみもの

07407 / ばんだいまち

福島県 耶麻郡

磐梯町

発掘で基壇が分かった金堂を、復元した。

慧日寺跡|復元の金堂

Photo by Qwert1234 (CC BY-SA 3.0)

01 / 湧水

町内の湧水や井戸水は、町の調査で軟水・中硬水・硬水に分かれていた。

磐梯町の湧水
Photo by 紫煙 (CC BY-SA 3.0)

環境省の名水百選のページは、磐梯西山麓湧水群の代表地点を龍ヶ沢清水とします。町の令和6年度の報告書は、町内27か所の湧水・井戸水を調べ、水質は龍ヶ沢水系の軟水、中硬水、硬水の三つに分かれたと記します。

  • 代表地点は龍ヶ沢清水
  • 町内27か所を調査
  • 硬度20前後・40前後・80以上

02 / 石塔

徳一の墓と伝わる五重の石塔は、薬として削られたことがあり、軸部が細い。

磐梯町の石塔
Photo by Fumihiko Ueno (CC BY 3.0)

町公式は、徳一廟を慧日寺を開いた徳一の墓と伝えられる平安時代の石塔と記します。高さ2.95m、かつては三重と思われましたが、発掘調査で五重と分かりました。住民が削って薬として服用したこともあり、軸部などが細くなっています。

  • 高さ2.95m
  • 平安時代の石塔
  • 国史跡慧日寺跡の中

03 / 祭り

氏子が東西に分かれて舟を引き合い、東が勝てば豊作と伝わる。

磐梯神社の舟引き祭りは、毎年春分の日に行われる年占の神事と町公式は記します。観光協会によると、米俵を三俵重ねた「飯舟」を東西に分かれた氏子が三度引き合い、東が勝てば豊作、西が勝てば米価が上がると伝えられます。

  • 春分の日
  • 飯舟に米俵三俵
  • 県重要無形民俗文化財

空から見た磐梯町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

JR磐越西線の磐梯町駅が、町の玄関口。

  • 人口3千人規模
  • 郡部の町

町公式の公共交通のページは、鉄道は磐梯町駅(JR磐越西線)を挙げ、ほかに生活福祉バスと磐梯町オンデマンド交通を載せます。町の報告書は、町が会津盆地の北東部の山沿いにあり、磐梯山の裾野に位置すると記します。

住んでいる人
3,322人
19952020

2015年より −7.2%

4,357 → 3,322人

面積
59.77km²

うち可住地 21.25km²

2024年

世帯数
1,079世帯

1世帯 3.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 6.0

2023年

面積59.77km²うち可住地21.25km² / 36%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの磐梯町37.562°N 139.989°E
東京大阪磐梯町
磐梯町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

9.0km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

磐梯町は、こういう町です。

  1. 01慧日寺跡の復元の金堂は、町公式によると発掘調査で確かめられた金堂跡と同じ位置に建ち、慧日寺跡は国の史跡に指定されている
  2. 02龍ヶ沢清水を代表地点とする磐梯西山麓湧水群は名水百選に選定され、町の調査では町内の水が軟水・中硬水・硬水に分かれる
  3. 03徳一廟は徳一の墓と伝わる五重の石塔で、磐梯神社の舟引き祭りは春分の日の年占の神事として県の重要無形民俗文化財になっている

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。