坂戸城石垣跡2.jpg
よみもの

15226 / みなみうおぬまし

新潟県

南魚沼市

石垣の南側は、幕末に護岸の石へ転用されたと伝わる。

坂戸城跡|居館の石垣

Photo by 鈴木健007 (CC BY-SA 4.0)

01 / ダイモチゾリ

手水鉢の石を運ぶために、長さ約6.5mのソリが作られた。

雪深い魚沼で、ダイモチゾリは建築材の切り出しに使う山ゾリの大型です。城内のものは約6.5mで、五十沢の津久野から城内山口の八海神社へ手水鉢の石材を運ぶために作られました。運搬は1902年2月3・4日。道中の村々が炊き出しをするほどの大事業でした。

  • 長さ約6.5m
  • 1902年2月3〜4日
  • 市指定有形民俗文化財

02 / 牧之通り

地元は道路の拡幅を、数百年に一度のまちづくりの機会ととらえた。

Shiozawa-juku 01.JPG
Photo by Abasaa (Public domain)

牧之通りは三国街道の宿場だった塩沢にあり、名は地元出身の文人・鈴木牧之にちなみます。平成13年度に道路の拡幅が決まると、沿道は牧之通り組合を設立。建築協定とデザインルールで、宿場の風景を再現し、雁木も整備しました。電線は地中化し、歩道は石畳です。

  • 平成13年度に拡幅が決定
  • 牧之通り組合
  • 電線を地中化

03 / 一本杉

かつて道しるべだった杉の根元に、石祠がまつられている。

Anaji-no-Ipponsugi - panoramio (3).jpg
Photo by kiwa dokokano (CC BY-SA 3.0)

穴地の杉は目通りの回り5.3m、高さ約30mで、1981年に市の天然記念物になりました。往昔はここを通る人々の道しるべだったといいます。現地の説明板によると、もとは2本の大木で、明治38年に北側の1本が切り倒され、いまの形になりました。

  • 目通りの回り5.3m・高さ約30m
  • 1981年 市指定天然記念物
  • 明治38年に1本を伐採

くらし

浦佐駅から東京駅まで、新幹線で78分。

  • 人口5万人規模
  • 都心まで90分
  • 新幹線が停まる

上越新幹線の浦佐駅から東京駅まで、最速78分です。市は魚沼盆地にあり、関越自動車道や上越新幹線が通る交通の要所です。2004年11月に六日町と大和町が合併して市になり、2005年10月に塩沢町を編入しました。玄関口はJR上越新幹線・上越線の浦佐駅です。

住んでいる人
54,851人
20052020

2015年より −6.3%

63,329 → 54,851人

面積
584.55km²

うち可住地 193.92km²

2024年

世帯数
19,576世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
4.3万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院5/診療所28

人口1万人あたり 6.0

2023年

面積584.55km²うち可住地193.92km² / 33%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 26園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの南魚沼市37.066°N 138.876°E
大阪南魚沼市
浦佐駅
浦佐駅2021年
  • 東京まで上越新幹線78分

所要時間はJR東日本の駅の時刻表『上越・北陸新幹線 下り(東京-新潟・長野-敦賀)』の平日・土曜休日の2表(https://timetables.jreast.co.jp/2610/timetable-v/004d1.html・004d2.html。2026-10-15 に取得。運転日の欄に2026年11月末までの臨時の記載があるので、いまのダイヤ)。東京発・浦佐発の列から数えた(2026-10-15 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・4市町村に、接している。

南魚沼市の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

35.7km

新潟県
魚沼市・十日町市・湯沢町
群馬県
みなかみ町

南魚沼市は、こういう町です。

  1. 01国史跡の坂戸城跡では、居館跡の西側正面の土塁に石垣が約91mにわたって築かれ、南側の石垣は幕末に魚野川の護岸工事の石材として取り外され、転用されたと伝わる
  2. 02城内のダイモチゾリは、約6.5mの山ゾリで、1902年に八海神社の手水鉢の石を運び、塩沢の牧之通りは、道路の拡幅を機に宿場の風景を再現し雁木を整備した通りで、鈴木牧之の名にちなむ
  3. 03穴地の一本杉の根元には石祠がまつられ、仙石の八幡宮には機織りの上達を祈って織った布を幟にした奉納品が24点残り、浦佐の普光寺毘沙門堂では毎年3月第一土曜日に裸押合が行われる

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。