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よみもの

42209 / つしまし

長崎県

対馬市

藩の船を手入れした入江に、突堤が4基。

対馬藩お船江跡

Photo by As6022014 (CC BY 3.0)

01 / 古墳群

雞知浦のまわりに、4世紀後半から7世紀前半の古墳が並ぶ。

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Photo by Saigen Jiro (CC0)

出居塚古墳(前方後方墳)は4世紀後半から末ごろ、国史跡の根曽古墳群(前方後円墳3基・円墳2基)は5〜6世紀、サイノヤマ古墳(方墳)は7世紀前半。県は、大和朝廷と結びついて対馬を治めた「対馬県直」につながる豪族の墓と推測します。

  • 根曽古墳群は国史跡(1976年指定)
  • 前方後円墳3基・円墳2基
  • 4世紀後半〜7世紀前半

02 / ヒトツバタゴ

波静かな海面に白く照りはえる眺めを、当地方は「ウミテラシ」という。

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Photo by Snap55 (CC BY 3.0)

対馬最北端の漁港、鰐浦。入江を囲む丘陵に、ヒトツバタゴが多く自生します。毎年5月初めごろ純白の花を開き、材が堅いので「ナタオラシ」とも呼ばれます。県は「大陸に最も近いこの地に、大陸系のこの植物が自生するところに意義がある」と記します。

  • 国天然記念物(1928年指定)
  • 毎年5月初めごろ開花
  • 別名「ナタオラシ」

03 / 石屋根倉庫

島内産の頁岩の厚い石板を、屋根にのせた高床の倉庫。

椎根の石屋根倉庫は高床で、内部は米・麦・雑穀や衣類什物をしまう部分に区切られています。県は石屋根にした理由として、農民に瓦葺が認められなかったこと、火災や強風から食糧や貴重品を護ることなどを挙げます。主屋から離して建てるのも防火の配慮で、指定の1棟は1926年完工です。

  • 県有形文化財(1977年指定)
  • 1926年(大正15年)完工
  • 屋根材は島内産の頁岩

くらし

博多へは、フェリーで4時間45分。

  • 人口3万人規模

対馬は南北82km・東西18kmの細長い島で、市の玄関口は厳原港です。博多港から九州郵船のフェリーで4時間45分(昼の便。壱岐を経由)。釜山までは49.5kmです。

住んでいる人
28,502人
20052020

2015年より −9.4%

38,481 → 28,502人

面積
707.42km²

うち可住地 74.44km²

2024年

世帯数
12,681世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
3.4万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所34

人口1万人あたり 12.6

2023年

面積707.42km²うち可住地74.44km² / 11%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの対馬市34.203°N 129.287°E
東京大阪対馬市
厳原港
厳原港2020年
  • 博多まで九州郵船285分

所要時間は島の町の決め(上島町〈愛媛。38356〉と同じ。駅の無い町のバスの起点と同じ扱いで、町内の玄関口の港へ乗り換えなしで着く船の起点を都市名、事業者名だけを mode にする)。事業者公式・九州郵船『時刻表 2026年7月1日〜2026年10月31日』(PDF。kyu-you.co.jp/route/ の『時刻表』から。2026-09-30 に読んだ)の『博多〜壱岐〜対馬(厳原)航路 フェリーきずな/フェリーちくし』の欄。博多発→厳原着:212便(フェリーきずな)10:00発→壱岐〈郷ノ浦〉12:20着・12:35発→厳原14:45着=285分、218便(フェリーちくし)00:05発→壱岐〈芦辺〉02:15着・02:25発→厳原04:45着=280分(厳原港での下船は入港時または7時、途中下船不可)。基本配船は 212・218 の2便が博多から厳原まで通す(215便〈20:35→22:55〉は壱岐〈郷ノ浦〉までで厳原へは行かない)。同じ船が壱岐に寄って厳原港に着くので乗り換えなし。(2026-09-30 確認)。時間帯により異なります。

かたち

0市町村に、接している。

対馬市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

71.5km

対馬市は、こういう町です。

  1. 01厳原の久田川河口に、対馬藩の船を入れた「お船江」の跡がある。人工の入江に4基の突堤と5つの船渠があると、県は記す
  2. 02金田城跡・旧金石城庭園・万松院の三具足など、島の文化財が日本遺産「国境の島 壱岐・対馬・五島〜古代からの架け橋〜」の構成文化財になっている
  3. 03豆酘には、赤米を祀り栽培する行事と、亀の甲を焼いて吉凶を占う亀卜の習俗が伝わり、どちらも国の選択無形民俗文化財である

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。