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よみもの

23208 / つしまし

愛知県

津島市

まちの中央を流れた川が、池として残る。

丸池|天王川公園

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 堀田家住宅

東蔵と西蔵を、小さな蔵がつなぐ。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

主屋と3棟の土蔵からなる町家で、土蔵は東蔵(米蔵)と西蔵(物置蔵)の間を小蔵でつないだ形です。玄関から主屋の座敷部分を通り抜けて奥の蔵に達するように並べる配置は、尾張の町家建築の特徴と言われます。

  • 主屋と土蔵3棟
  • 1978年5月31日に国の重要文化財に指定
  • 1973年に約60m西の現在地へ移された

02 / 憶感神社

『文徳実録』に憶感神の記述がある社は、神守宿の開設で、いまの地に移った。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

雨を降らせる神、龍神がまつられていると市は紹介します。『文徳実録』仁寿3年(853)に憶感神の記述があり、もとは北神守村にありました。正保4年(1647)の神守宿の開設に伴う集落移転で、慶安元年(1648)に現在の地へ移りました。

  • 『文徳実録』仁寿3年(853)に憶感神の記述
  • 1647年に神守宿を開設
  • 1648年に現在の地へ

03 / 十王堂

津島村の東西南北に建った十王堂で、いま残るのは今市場の1つ。

江戸時代、津島村の東西南北の今市場、橋詰、下構、北口に十王堂が建てられていました。現存するのは今市場だけで、北口の十王像は大龍寺、橋詰の十王像は西方寺に保存されています。仏像・仏画は市の文化財です。

  • 江戸時代に4か所に建てられた
  • 現存は今市場の1つ
  • 仏像・仏画は市の文化財

くらし

名古屋から、名鉄の急行で最短23分。

  • 人口6万人規模
  • 都心まで30分

名鉄津島線の津島駅へは、名鉄名古屋から乗り換えなしの最速23分(2026年3月14日改正の時刻表。名鉄名古屋0:01発)。日中の準急は26分です。市公式の案内(2021年9月7日更新)は準急で約22分、普通で約33分。市役所は津島駅から東へ真っ直ぐ約800mです。

住んでいる人
60,942人
19952020

2015年より −3.9%

63,723 → 60,942人

面積
25.09km²

うち可住地 25.09km²

2024年

世帯数
24,258世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
4.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所55

人口1万人あたり 9.7

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(100.0%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 12園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの津島市35.177°N 136.741°E
東京津島市
津島駅
津島駅2021年
  • 名古屋まで名鉄急行23分

所要時間は名古屋鉄道『路線別時刻表 津島線』PDF(2026年3月14日改正。平日の下り『20260314_TB_W1.pdf』・上り『20260314_TB_W2.pdf』、土・休日の下り『20260314_TB_H1.pdf』・上り『20260314_TB_H2.pdf』。https://www.meitetsu.co.jp/train/timetable/index.html の『津島線』の4本)。名鉄名古屋の発時刻と津島の着時刻(上りは津島の発時刻と名鉄名古屋の着時刻)を、列ごとに差し引いて数えた。津島市公式『津島までのアクセス』(最終更新日 2021年9月7日)(2026-10-19 確認)。時間帯により異なります。

かたち

3市町村に、接している。

津島市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

7.4km

愛西市・あま市・蟹江町

津島市は、こういう町です。

  1. 01丸池は、江戸時代まで当時のまちの中央を流れていた天王川が、天王川公園に池として残ったもので、尾張津島天王祭の舞台は現在この丸池になっている。宵祭の舟には、一年の日数にあたる365個の提灯をつける
  2. 02堀田家住宅は主屋と3棟の土蔵からなる町家で、1978年に国の重要文化財に指定された。憶感神社は『文徳実録』仁寿3年(853)に憶感神の記述があり、神守宿の開設に伴って1648年に現在の地へ移った
  3. 03今市場の十王堂は、津島村の東西南北に建った4か所のうち現存する1つ。津島神社の本殿と楼門を市は国の重要文化財として紹介し、神守の一里塚跡(佐屋街道)には今もムクの老樹が立つ

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。