01 / 致道館
中学校の建設で解体され、1年後、同じ姿で移築された。

安政5年(1858)、日出藩15代木下俊程の命で日出城二ノ丸に開かれた藩校が致道館です。豊後三賢の一人・帆足万里が教壇に立ちました。1950年に解体されましたが、帆足萬里没後100年にあたる翌1951年、現在地に移築されました。大分県内で唯一現存する藩校の建物です。
- 1858年 藩校として創立
- 1950年 解体、翌年移築
- 大分県内で唯一現存する藩校建物
01 / 致道館

安政5年(1858)、日出藩15代木下俊程の命で日出城二ノ丸に開かれた藩校が致道館です。豊後三賢の一人・帆足万里が教壇に立ちました。1950年に解体されましたが、帆足萬里没後100年にあたる翌1951年、現在地に移築されました。大分県内で唯一現存する藩校の建物です。
02 / 的山荘

「金山王」と呼ばれた実業家・成清博愛が、日出城三の丸跡の約3,670坪に1915年(大正4)建てた別荘が的山荘です。書院の前に別府湾が広がり、湾を池に、高崎山を築山に見立てた庭園が造られました。主屋・東西の離れ・土蔵・正門の5棟が国の重要文化財です。
03 / 松屋寺のソテツ
松屋寺の本堂前に立つソテツは、日出藩主木下俊治が1657年(明暦3)、それまで居城とした府内城(大分市)から持ち帰り植えたと伝わります。幹は1本から分かれ、90本に及んだといいます。樹齢は約600年とされ、国の天然記念物です。「日本一の大蘇鉄」と呼ばれています。
くらし
2005年、山香町が杵築市と合併して速見郡を離れ、速見郡は日出町1町だけになりました。玄関口はJR暘谷駅で、駅前が町の中心地です。南に別府市、北に杵築市と接し、別府湾に面します。
2015年より −1.2%
24,433 → 27,723人
うち可住地 41.94km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 6.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
9.4km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。