01 / 喜如嘉の芭蕉布
船大工が那覇へ出て、残った女性の仕事として芭蕉布が見直された。

喜如嘉にはもともと船大工が多く、優秀な大工として那覇へ進出しました。村に残された女性たちの仕事として芭蕉布が見直され、戦後は平良敏子が復興に取り組みます。1974年に国の重要無形文化財に指定され、平良は2000年に人間国宝となりました。
- 喜如嘉は船大工の多い集落
- 1974年 国の重要無形文化財
- 2000年 平良敏子が人間国宝に
01 / 喜如嘉の芭蕉布

喜如嘉にはもともと船大工が多く、優秀な大工として那覇へ進出しました。村に残された女性たちの仕事として芭蕉布が見直され、戦後は平良敏子が復興に取り組みます。1974年に国の重要無形文化財に指定され、平良は2000年に人間国宝となりました。
02 / 塩屋湾のウンガミ

毎年旧盆の明けの初亥の日に行われる豊年祈願行事で、保護団体は田港・屋古・塩屋・白浜の4区です。爬竜船が対岸に着くと、乗組員は櫂を持って海に飛び込み、櫂と櫂をたたき合って勝利を誇り、祭りは最高潮に達します。
03 / 大宜味村の猪垣
杣山と畑の境に築き、畑へのヤマシシの侵入を防いだ石垣です。『球陽』には1776〜1782年に各むらの住民が大規模な補修をしたと記されます。壊れた箇所を直さない者には、科料米二升の拠出を命じたと村は記します。
くらし
村公式は、大宜味村の歴史は1673年に13村で田港間切を創設したことに始まると記します。いまは田嘉里・喜如嘉・塩屋など17の字です。村内に鉄道の駅は無く、玄関口は大宜味村役場(大兼久)。村公式は、名護バスターミナルから67番系統で約45分と案内します(2023年更新)。
2015年より +1%
3,437 → 3,092人
うち可住地 14.49km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
人口1万人あたり 12.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
11.4km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。