01 / 鎮西山城跡
「いつ、誰が築城した城なのか」は、当時の記録が無く分かっていないと町は記す。

鎮西山(標高202m)の山頂一帯に、横堀や土塁の残る中世の山城跡があります。発掘では12世紀中頃〜13世紀前半の中国産陶磁器などが主に出土し、南宋の玳玻天目茶碗も含まれます。町教委は、山城より前に山岳寺院・修験道に関わる施設があった可能性を挙げます。
- 山頂は標高202m
- 青白磁の合子が5個体分
- 12世紀中頃〜13世紀前半の遺物が主体
01 / 鎮西山城跡

鎮西山(標高202m)の山頂一帯に、横堀や土塁の残る中世の山城跡があります。発掘では12世紀中頃〜13世紀前半の中国産陶磁器などが主に出土し、南宋の玳玻天目茶碗も含まれます。町教委は、山城より前に山岳寺院・修験道に関わる施設があった可能性を挙げます。
02 / 二塚山五本谷遺跡
二塚山五本谷遺跡は、昭和48〜53年の工業団地造成に伴う発掘で、弥生時代から奈良時代の墓地が確認された県史跡です。甕棺墓40基・土壙墓76基などがあり、清白鏡など銅鏡3面が副葬されていました。吉野ヶ里町にまたがる二塚山遺跡の出土品は、国の重要文化財です。
03 / 八藤丘陵の埋没林
平成5年2月、水田の基盤づくりで約3m掘り下げると、長さ22m・直径1.5mの巨木が見つかりました。根を東、頂部を西にして倒れており、町は約9万年前の阿蘇4火砕流に倒された森の跡と説明します。巨木の樹齢は700〜800年と推定されています。
くらし
町は佐賀県東部のほぼ中央にあり、北部が丘陵・台地、南部が沖積平野の、南北に長い帯状の町です。町公式はその姿を「剣が天に向かっている」と紹介します。面積は12.80km²、人口は9,286人(令和2年国勢調査)。町内に鉄道の駅は無く、町公式は最寄りのJRを、吉野ヶ里公園駅と中原駅から車で約10分と案内します。1889年に4村が合併して上峰村となり、1989年に町制を施行しました。
2015年より 0%
8,210 → 9,286人
うち可住地 10.97km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 8.6
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS
所要時間は西日本鉄道『にしてつ時刻表』(https://jik.nishitetsu.jp/)の経路検索。2026-10-05(月)の平日ダイヤ(10月1日以降の日付)で、40番(西鉄久留米行き。佐賀駅バスセンター→神埼→目達原→長門石→JR久留米)が 9:14発→下津毛(佐賀県上峰町)9:58着=44分(10:04→10:48、11:04→11:48、12:04→12:48 も44分)。乗り換えなしで町内の停留所に着く(2026-09-30 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
11.6km
気になったら、町に聞いてみませんか。