01 / 土生遺跡
土生遺跡の川跡から、組み上がった踏鋤が出土した。

土生遺跡は弥生時代前期から後期まで営まれた、嘉瀬川以西では最大規模の集落跡。朝鮮半島に由来する木製の踏鋤が、河川跡から組み上がった状態で出土し、長さは約153センチ。跡地の公園には、竪穴住居3棟と高床倉庫1棟が復元されている。
- 国史跡(1973年指定・市)
- 踏鋤は組み上げた長さ約153センチ(市)
- 公園に竪穴住居3棟・高床倉庫1棟を復元(市)
01 / 土生遺跡

土生遺跡は弥生時代前期から後期まで営まれた、嘉瀬川以西では最大規模の集落跡。朝鮮半島に由来する木製の踏鋤が、河川跡から組み上がった状態で出土し、長さは約153センチ。跡地の公園には、竪穴住居3棟と高床倉庫1棟が復元されている。
02 / 梧竹観音堂

中林梧竹(1827〜1913)は明治41年(1908)、82歳で帰郷して観音堂を建てた。生前、約5センチの観音像を常に身につけていたといわれる。堂は市の史跡で、現在の建物は昭和32年(1957)に規模を縮小して再建されたもの。
03 / 春雨の碑

柴田花守(1809〜1890)は小城町中町の生まれ。端唄「春雨」は、長崎に遊学したとき丸山の料亭花月で作ったといわれる。小城公園の春雨の碑は昭和38年(1963)の建立で、歌詞が刻まれている。春雨まつりは碑の前の舞踊披露から始まる。
くらし
市の面積は95.81km²で、県土の3.93%。北部に天山山系がそびえ、中央に佐賀平野が開け、南部はクリークの広がる地帯で有明海に面する。佐賀市の西約10km。2005年に小城町・三日月町・牛津町・芦刈町が合併した。
2015年より −0.7%
45,852 → 43,952人
うち可住地 71.98km²
2024年
1世帯 2.8人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.7
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
16.6km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
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