Second Torii of Uchitogawa Hachiman Shrine forward.jpg
よみもの

41208 / おぎし

佐賀県

小城市

石工の名は、柱の銘文に刻まれている。

砥川八幡神社|肥前鳥居

Photo by Pekachu (CC BY-SA 4.0)

01 / 土生遺跡

土生遺跡の川跡から、組み上がった踏鋤が出土した。

Habu Ancient Ruin restored houses and a warehouse.jpg
Photo by Pekachu (CC BY-SA 4.0)

土生遺跡は弥生時代前期から後期まで営まれた、嘉瀬川以西では最大規模の集落跡。朝鮮半島に由来する木製の踏鋤が、河川跡から組み上がった状態で出土し、長さは約153センチ。跡地の公園には、竪穴住居3棟と高床倉庫1棟が復元されている。

  • 国史跡(1973年指定・市)
  • 踏鋤は組み上げた長さ約153センチ(市)
  • 公園に竪穴住居3棟・高床倉庫1棟を復元(市)

02 / 梧竹観音堂

書家は82歳で故郷に戻り、観音堂を建てた。

Gochiku Kannondo temple.jpg
Photo by Pekachu (CC BY-SA 4.0)

中林梧竹(1827〜1913)は明治41年(1908)、82歳で帰郷して観音堂を建てた。生前、約5センチの観音像を常に身につけていたといわれる。堂は市の史跡で、現在の建物は昭和32年(1957)に規模を縮小して再建されたもの。

  • 明治41年(1908年)、82歳で建立(市)
  • 市の史跡(1995年指定)
  • 約5センチの観音像を身につけていたといわれる(梧竹記念館の地図)

03 / 春雨の碑

端唄「春雨」を作ったといわれる人の碑が、小城公園に立つ。

Stele for "Harusame" in Ogi Park.jpg
Photo by そらみみ (CC BY-SA 4.0)

柴田花守(1809〜1890)は小城町中町の生まれ。端唄「春雨」は、長崎に遊学したとき丸山の料亭花月で作ったといわれる。小城公園の春雨の碑は昭和38年(1963)の建立で、歌詞が刻まれている。春雨まつりは碑の前の舞踊披露から始まる。

  • 昭和38年(1963年)に碑を建立(観光協会)
  • 毎年4月に春雨まつり(市)
  • 花守は文化6年(1809年)小城町中町の生まれ(市)

くらし

天山から有明海まで、95.81km²。

  • 人口4万人規模

市の面積は95.81km²で、県土の3.93%。北部に天山山系がそびえ、中央に佐賀平野が開け、南部はクリークの広がる地帯で有明海に面する。佐賀市の西約10km。2005年に小城町・三日月町・牛津町・芦刈町が合併した。

住んでいる人
43,952人
20052020

2015年より −0.7%

45,852 → 43,952人

面積
95.81km²

うち可住地 71.98km²

2024年

世帯数
15,907世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
4.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所31

人口1万人あたり 7.7

2023年

面積95.81km²うち可住地71.98km² / 75%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 11園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの小城市33.274°N 130.217°E
東京大阪小城市
小城市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

16.6km

佐賀市・多久市・江北町・白石町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

小城市は、こういう町です。

  1. 01砥川八幡神社(牛津町上砥川)の一・二・三の鳥居は、肥前鳥居と呼ばれる石の鳥居で、市の重要文化財。二の鳥居は境内の階段下にあり、柱に正保4年(1647)の紀年銘と石工・施工者の名が刻まれている。
  2. 02小城祇園の山挽行事は、下町の山鉾をツタやカズラで毎年組み上げる祭りで、2026年4月に県の指定を受けた。牛津赤れんが館は、牛津町の代表的な商家の倉庫として建てられ、国の登録有形文化財になっている。
  3. 03小城町・三日月町・牛津町・芦刈町が合併した市で、市内全体を「屋根のない博物館」と位置づけている。市は牛津町を「肥前石工の発祥地」とする。小城町から出土した丁亥年銘刻書紡錘車(県重文)には、687年にあてはまる年が線刻されている。

気になったら、町に聞いてみませんか。