Kawauchi Family's House in Nishitaku.jpg
よみもの

41204 / たくし

佐賀県

多久市

屋根を、コの字形にまわした家。

川打家住宅|くど造り

Photo by Peka (CC BY-SA 4.0)

01 / 多久聖廟

略式の釈菜に、春は雉肉、秋は鮒が供えられる。

Taku Seibyo 02.jpg
Photo by STA3816 (CC BY-SA 3.0)

宝永5年(1708)に建てられた孔子廟、多久聖廟の祭儀で、春と秋に営まれる。市は、牛や羊などを供える釈奠の略式が釈菜だと記す。市長が献官に扮し、祭官は明の祭官服をまとう。孔子らの像に食物七種と甘酒を供え、約1時間で終わる。

  • 春は雉肉、秋は鮒を供える(市公式)
  • 聖廟は宝永5年(1708)の建立(文化庁)
  • 釈菜は県の重要無形民俗文化財(昭和55年指定)

02 / 三年山遺跡

地元の児童が石器を採集した報告が、遠く東京にまで届いたと記される。

昭和35年(1960)、明治大学の調査団が三年山遺跡と茶園原遺跡を発掘した。九州で初めて旧石器時代を対象とした学術調査で、市の計画書は児童の石器採集が発端と記す。鬼の鼻山北麓のサヌカイトの石器製作遺跡群で、三年山は公園に整備された。

  • 昭和35年(1960)に発掘調査(多久市歴史文化基本構想)
  • 石器原産地遺跡の範囲は東西2.5km・南北3.5km(同)
  • 三年山遺跡は公園として整備(市報たく2023年12月号)

03 / 相浦の球状閃緑岩

転石の表面に、楕円の同心状紋様がある。現地では、カイガラ石と呼ぶ。

Orbicular diorite from Ainoura, Taku at History and Folklore Museum.jpg
Photo by Pekachu (CC BY-SA 4.0)

県指定の天然記念物。県の資料は、相浦地区に球状閃緑岩の転石が散在し、球顆は5〜18cmの楕円形と記す。地質調査所の解説は、現地でカイガラ石と呼び、水田の石垣や川の護岸の石材に使ってきたとする。標本は郷土資料館に展示される。

  • 県の天然記念物(昭和46年指定)
  • 球顆は5〜18cmの楕円形(県の資料)
  • 水田の石垣・川の護岸に利用(地質調査所『地質ニュース』1992年)

くらし

四方を山に囲まれ、佐賀駅から約30分。

  • 人口2万人規模

四方を山に囲まれた盆地で、東西約15km・南北約12km。北は唐津市、南は江北町・大町町・武雄市などと接する。市は、佐賀駅から中多久駅まで唐津線で約30分、駅から市役所まで徒歩約5分と案内する。中国の曲阜市と、孔子が縁で友好都市を結ぶ。

住んでいる人
18,295人
19952020

2015年より −7.4%

24,507 → 18,295人

面積
96.56km²

うち可住地 47.66km²

2024年

世帯数
6,773世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
3.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所11

人口1万人あたり 7.7

2023年

面積96.56km²うち可住地47.66km² / 49%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 12園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの多久市33.289°N 130.110°E
東京大阪多久市
多久市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.7km

小城市・唐津市・武雄市・江北町・大町町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

多久市は、こういう町です。

  1. 01西多久町板屋の川打家住宅は、屋根をコの字形にまわした「くど造り」の民家で、昭和49年に国の重要文化財に指定されました。文化庁は、小型ながらこの系統では質が良く古く、福岡県などの同じコの字形の民家とは構造や意匠が異なると記します。18世紀前半の建築と推定され、平成10〜12年に解体移築修理が行われました。
  2. 02東の原の多久聖廟は宝永5年(1708)に建てられた孔子廟で国の重要文化財、春と秋の釈菜は県の重要無形民俗文化財です。鬼の鼻山北麓の三年山遺跡と茶園原遺跡では、昭和35年に九州で初めて旧石器時代を対象とした学術調査が行われました。北多久町の相浦の球状閃緑岩は県の天然記念物です。
  3. 03西渓公園の寒鶯亭は、炭鉱主の高取伊好が大正13年に建てて寄贈した公会堂で、国の登録有形文化財です。東多久町には旧三菱古賀山炭鉱の竪坑櫓が残り、多久町の唐人古場窯跡は、朝鮮出兵の折に連れて来られた金ヶ江三兵衛が最初に築いた窯とされます。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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