01 / 焼火神社
大坂の大工が木造りし、現地では米子の大工が組んだ。
本殿・通殿・拝殿は、山腹の岩窟を利用して建つ。本殿は享保17年(1732年)の建築で、大坂の大工が大坂で材木を組んで運び、現地では米子の大工が組み立てるという珍しい方法がとられた。平成4年(1992年)、国の重要文化財に指定された。
- 1732年(享保17年)建築
- 1992年 国重要文化財
- 大坂で組み、米子の大工が現地で組立て
01 / 焼火神社
本殿・通殿・拝殿は、山腹の岩窟を利用して建つ。本殿は享保17年(1732年)の建築で、大坂の大工が大坂で材木を組んで運び、現地では米子の大工が組み立てるという珍しい方法がとられた。平成4年(1992年)、国の重要文化財に指定された。
02 / 由良比女神社のイカ

由良比女神社は隠岐国一の宮とされる古社で、延喜式神名帳にも名が見える。明治・大正から昭和20年代にかけては、社前の浜に毎年のようにイカの大群が押し寄せたという。近年はほとんど見られなくなり、2006年には十数年ぶりに群れが浜に寄ったと記録された。
03 / 黒木御所跡

元弘2年(1332年)、鎌倉幕府打倒の企てに失敗した後醍醐天皇は隠岐へ配流となり、別府の高台に約1年間住まわれたと伝わる。跡地は昭和33年、県の史跡「伝後醍醐天皇行在所」に指定された。隣の碧風館には天皇にまつわる資料や肖像画が展示される。
くらし
西ノ島町は隠岐諸島・島前の西ノ島にある。島の中央では大正4年、船引運河が開削され内海と外海を結んだ。面積55.96平方キロメートル、年間降水量は約1,662ミリと比較的温暖な気候の中、漁業・観光・畜産を産業の柱に、盆には地区ごとにシャーラ船を送る暮らしが続く。
2015年より −7.9%
4,048 → 2,788人
うち可住地 5.84km²
2024年
1世帯 2.0人
2020年
人口1万人あたり 17.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS
所要時間は隠岐汽船公式サイトの時刻表(www.oki-kisen.co.jp/timetable/、day=2026-09-26〈土〉と day=2026-09-28〈月〉の2日分を取得し同一の時刻であることを確認)。フェリー・高速船とも『七類(松江市)』『境港(境港市)』の欄が本土側の起点として明記され、町内の唯一の港『別府(西ノ島町)』の到着・出発が別欄で示される(2026-09-26 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
12.9km
気になったら、町に聞いてみませんか。