宇都宮家の墓所全体像.jpg
よみもの

09342 / ましこまち

栃木県 芳賀郡

益子町

断絶後も、大羽の家臣は墓を見守り続けた。

宇都宮家の墓所|上大羽

Photo by C2revenge (CC BY-SA 4.0)

01 / 三重塔

初層は和様、三層は唐様。一つの塔に、様式が重なる。

Saimyoji Temple 4.jpg
Photo by Dustindye at English Wikipedia (Public domain)

西明寺の三重塔は、県の解説では益子家宗の建立。三層とも柱間は三間で、初層は和様、三層は唐様です。二層は、県が和様、町と寺が折衷様とします。文化庁の年代は1537年で、相輪の伏鉢には「天文七歳二月吉日」の銘があります。

  • 初層は和様、三層は唐様
  • 文化庁の年代は1537年
  • 伏鉢の銘は天文七歳

02 / 古墳

28基の古墳のうち、主墳と考えられる一基。

Mashiko Tennozuka Kofun, genshitsu-1.jpg
Photo by Saigen Jiro (CC0)

荒久台には28基の古墳が確認され、天王塚古墳はその主墳と考えられています。1954〜55年に早稲田大学が3次にわたり発掘し、墳頂の約2.2m下に天井石を置く横穴式石室がありました。玄室は長さ4.55m。環頭太刀や兜が出土し、5世紀後半から6世紀前半の築造と見られます。

  • 荒久台に28基
  • 玄室の長さ4.55m
  • 5世紀後半〜6世紀前半

03 / 陶器

明治36年、窯場を借りて職人を育てる所が開かれた。

益子陶器傳習所は明治36年(1903)、陶器の同業組合の設立と同時に開かれた職人の養成所です。町によると、組長の大塚忠治の窯場を借り、忠治を所長に製陶技術を教えました。大正2年に町立となり、昭和14年に県の窯業指導所になりました。

  • 明治36年に開所
  • 大正2年に町立
  • 昭和14年に県へ移管

くらし

秋葉原から、高速バスで150分。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

町は北部の七井、中部の益子、南部の田野に分かれ、面積は89.40km²。真岡鐵道の駅は益子駅と七井駅です。秋葉原からは茨城交通の高速バスが、毎日運行の便で益子駅まで150分。町の移住サイトも、約2時間30分と案内しています。

住んでいる人
21,898人
19952020

2015年より −5.9%

25,255 → 21,898人

面積
89.4km²

うち可住地 50.7km²

2024年

世帯数
7,813世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
4.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所15

人口1万人あたり 7.3

2023年

面積89.4km²うち可住地50.7km² / 57%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの益子町36.467°N 140.093°E
大阪益子町
益子駅
益子駅2008年
  • 秋葉原まで高速バス150分

所要時間は茨城交通(事業者公式)『関東やきものライナー 益子・笠間─秋葉原駅』の時刻表(2026年7月18日改正)。秋葉原駅発の下り『毎日』運行便は 15:10発→益子駅 17:40着、17:10発→益子駅 19:40着(いずれも150分)。益子町の移住定住サイト『ましこの暮らし』の『益子町までのアクセス』も『高速バス(茨城交通「関東やきものライナー」):片道約2時間30分(秋葉原⇔益子)』と書く(2026-10-08 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・4市町村に、接している。

益子町の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

14.3km

栃木県
茂木町・真岡市・市貝町
茨城県
桜川市

益子町は、こういう町です。

  1. 01県指定史跡の宇都宮家の墓所は上大羽にあり、五輪塔29基が並ぶ。断絶後も大羽在住の家臣が墓を見守り続けたと、県と町は解説する。同じ上大羽には、地蔵院本堂など国の重要文化財が3件ある
  2. 02西明寺の三重塔は国の重要文化財で、初層は和様、三層は唐様。荒久台の天王塚古墳には、玄室の長さが4.55mの横穴式石室がある
  3. 03益子陶器傳習所は、明治36年に開かれた職人の養成所。のち町立、県の窯業指導所となり、町の「ましこ世間遺産」に認定されている

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。