中山町・岡村観音堂(最上三十三観音)
よみもの

06302 / なかやままち

山形県 東村山郡

中山町

東向きの観音堂は、珍しいといわれる。

岡村観音堂|最上三十三観音

Photo by Suz-b (CC BY-SA 4.0)

01 / 屋敷群

分家の屋敷を囲む黒塀が、ひとつのまちなみをつくっている。

旧柏倉家住宅は国の重要文化財で、敷地は約2,300坪、建物は約360坪。当主は代々「九左衛門」と名乗り、10家以上の分家を創設したと町観光協会は記します。周辺には分家の屋敷群が建ち並び、各家の敷地を囲む黒塀がまちなみを形成しています。

  • 敷地約2,300坪・建物約360坪
  • 分家10家以上
  • 国指定重要文化財(建造物)

02 / 民俗資料

観音堂をめぐる資料951点に、鏡205点と祈願札389点がある。

岩谷十八夜観音庶民信仰資料は国の重要有形民俗文化財。文化遺産オンラインは、オナカマと呼ばれる巫女の巫業に関わるものや、信者が観音に奉納したものなどをとりまとめた資料と記します。内訳は鏡205点、祈願札389点、梓弓22点ほか。

  • 951点
  • 鏡205点・祈願札389点
  • 指定年月日 1984年5月22日

03 / 鍋掛松

荷待ちの船頭や商人が鍋をつるした松は、鍋掛松と呼ばれるようになった。

町観光協会は、長崎湊が最上川舟運の終点とされ、荷待ちの船頭や商人が船の棒ダラと小塩地区の里芋を煮て食べたのが芋煮会の始まりと紹介します。鍋を川岸の松の枝につるしたことから「鍋掛松」の名がつき、いまの松は5代目と記します。

  • 長崎湊は舟運の終点とされる
  • 棒ダラと小塩の里芋
  • 現在は5代目の松

空から見た中山町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2021年7月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

左沢線が通る、面積が県内で最小の町。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町公式は、中山町を山形県内の市町村で一番面積が小さい町と紹介します。町の北部を最上川が流れ、町の中央を国道112号とJR左沢線が南北に縦断します。町内の駅は左沢線の羽前長崎駅と羽前金沢駅です。

住んでいる人
10,746人
19952020

2015年より −5.4%

12,390 → 10,746人

面積
31.15km²

うち可住地 21.14km²

2024年

世帯数
3,515世帯

1世帯 3.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所6

人口1万人あたり 5.6

2023年

面積31.15km²うち可住地21.14km² / 68%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの中山町38.333°N 140.283°E
東京大阪中山町
中山町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

5.9km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

中山町は、こういう町です。

  1. 01岡村観音堂は最上三十三観音の第十四番で、県の観光サイトは東向きの観音堂は大変珍しいといわれていると記し、町公式は町指定の建造物とする
  2. 02旧柏倉家住宅は黒塀が分家の屋敷群を囲み、岩谷十八夜観音庶民信仰資料951点とともに、町公式が記す町内の国指定文化財2件になっている
  3. 03鍋掛松は最上川舟運の終点とされる長崎湊の荷待ちで鍋をつるした松で、町観光協会は芋煮会の始まりと紹介する

気になったら、町に聞いてみませんか。