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よみもの

35216 / さんようおのだし

山口県

山陽小野田市

三年寝た男が、川を堰き止めたと伝わる。

寝太郎堰|厚狭川

Photo by Sanjo (CC BY-SA 3.0)

01 / 高泊開作

市役所も小野田駅も、昔は高泊湾という海だった。

1668年に汐止めされた高泊開作は、400町歩の田になった。排水の樋門は、招き戸が満ち潮で閉じ、引き潮で開いた。3枚の戸は1857年に5枚となり、1989年に役目を終えた。国指定史跡で、招き戸は現在取り外されている。

  • 1668年に汐止め・400町歩の田
  • 5枚の招き戸(1857年に拡張)
  • 1989年に役目を終える
  • 国指定史跡(1996年)

02 / 硫酸瓶と硫酸町

バス停の名は「硫酸町」。硫酸を入れる瓶が、皿山で焼かれた。

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Photo by Bakkai (CC BY-SA 3.0)

硫酸の製造が始まると、その容器の瓶づくりが盛んになった。耐酸性にすぐれた旦の土を使い、明治22〜23年ごろから旦の窯で焼いた。「硫酸瓶といえば小野田」と言われるほどで、石見焼の陶工が春に来て秋に帰った。

  • セメント町・硫酸町・火薬町の町名
  • 明治22〜23年ごろ旦の窯で硫酸瓶を焼く
  • 小野田の皿山製品(市指定):硫酸瓶ほか99点

03 / 糸根の松原

和泉式部が安産した松原、と八幡の由来に記される。

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Photo by Sanjo (CC BY 4.0)

埴生の糸根の松原は、砂洲に茂るクロマツの群れ。最大は幹囲293cm、樹高20mで、樹齢は最高で約200年と推定される。土生村八幡の由来には、和泉式部がこの松原で安産したとある。埴生には式部が一生を終えたという伝説があり、墓が建つ。

  • クロマツ約11,000㎡
  • 最大は幹囲293cm・樹高20m
  • 樹齢は最高で約200年と推定
  • 市指定文化財(1990年)

くらし

厚狭川と有帆川が、干拓の平地を流れる。

  • 人口6万人規模
  • 新幹線が停まる

山陽小野田市は山口県の南西部、下関市・宇部市・美祢市と接します。海岸線はすべて瀬戸内海に面し、平地の多くは干拓地です。気候は温暖で降水量の少ない瀬戸内海式。竜王山公園にはキャンプ場があり、焼野海岸には市で唯一の海水浴場があります。2005年に小野田市と山陽町が合併しました。

住んでいる人
60,326人
20052020

2015年より −3.7%

66,261 → 60,326人

面積
133.09km²

うち可住地 71.15km²

2024年

世帯数
26,106世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
4.1万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院6/診療所56

人口1万人あたり 10.3

2023年

面積133.09km²うち可住地71.15km² / 53%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 17園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの山陽小野田市34.003°N 131.182°E
東京大阪山陽小野田市
小野田駅
小野田駅2025年
  • 大阪まで山陽新幹線207分

所要時間はJR西日本「JRおでかけネット」区間時刻表『東海道・山陽・九州新幹線(東京~博多~鹿児島中央) 下り』(https://timetable.jr-odekake.net/line-timetable/1796 ・2026年9月29日のダイヤ)。厚狭に停まる下りの列車は『こだま』だけ(のぞみ・みずほ・さくら・ひかりは『レ』=通過)。新大阪始発でそのまま厚狭に着く『こだま』は941A(新大阪7:40発→厚狭11:18)・945A(9:32→13:11)・947A(10:37→14:11)・949A(11:37→15:11)・961A(17:37→21:11)・965A(18:37→22:11)・967A(19:37→23:04)の7本。東京・品川・名古屋・京都発で厚狭に着く列車の欄はすべて空。表の全体は $SP/jr-shinkansen-down-20260929.json(下り)・jr-shinkansen-up-20260929.json(上り)に保存(2026-09-29 確認)。時間帯により異なります。

かたち

3市町村に、接している。

山陽小野田市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

21.0km

宇部市・美祢市・下関市

山陽小野田市は、こういう町です。

  1. 01山陽小野田市の厚狭には、三年三月寝て暮らした若者が厚狭川に堰を築き、湿地だった千町ヶ原を田にしたと伝わる「寝太郎」の話があります。その堰は昭和38年にコンクリートで造り直され、いまは「寝太郎堰」と呼ばれます。
  2. 02市役所や小野田駅のある平地は、江戸時代に萩藩が高泊湾を締め切ってつくった高泊開作の土地です。排水の樋門「浜五挺唐樋」は国指定史跡で、いまは招き戸が取り外されています。
  3. 03小野田の皿山では、明治22〜23年ごろから硫酸を入れる瓶が焼かれ、「硫酸町」のバス停の名が残ります。明治16年築の徳利窯は国の重要文化財、竜王山では初夏にヒメボタルが光ります。

気になったら、町に聞いてみませんか。