01 / 三秀神社遺跡記念碑
国境争いの犠牲となった3人を、吉川藩主が祠に祀った。
宝暦2年(1752)10月、小瀬川口の与三野地で吉川・浅野両藩の乱闘が起き、双方に多数の死傷者が出た。50年後に両藩は和解して国境が確定し、吉川藩主は犠牲の3人を祀った。町内に三秀神社遺跡記念碑と養専寺の墓がある。
- 国境争いは200年にわたった
- 宝暦2年(1752)10月の乱闘
- 犠牲の3人を祀った
01 / 三秀神社遺跡記念碑
宝暦2年(1752)10月、小瀬川口の与三野地で吉川・浅野両藩の乱闘が起き、双方に多数の死傷者が出た。50年後に両藩は和解して国境が確定し、吉川藩主は犠牲の3人を祀った。町内に三秀神社遺跡記念碑と養専寺の墓がある。
02 / 和木駅

平成14年に町と岩国市が新駅設置期成同盟会の総決起大会を開き、平成18年12月には寄付金の募金活動が始まった。駅は平成20年3月15日に開業し、同じ日に和木駅交流プラザも開設された。
03 / 瀬田八幡宮
現在の本殿は棟札によると1715年(正徳5)に吉川経永の命で建てられ、妻飾りを豕叉首とするなど古形式をとどめる。江戸時代の和木村では若連中に入る際に力試しがあり、一番石は240キロで「脇村の住人都石源之進」と刻まれている。
くらし
山口県の東端で、面積は10.58km²。北は広島県大竹市、東は瀬戸内海に面し、約半分は山林です。小瀬川は幕末の第二次長州征伐(四境の役)の舞台になりました。明治19年ごろ和木村から北海道へ開拓に移った縁で、恵庭市と昭和54年に姉妹都市になっています。コミュニティバス「あいあいバス」は、和木駅を中心に走ります。
2015年より −4%
6,959 → 6,034人
うち可住地 4.46km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
人口1万人あたり 9.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
3.5km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。