黒石市・金平成園(大石武学流の庭)
よみもの

02204 / くろいしし

青森県

黒石市

金が行きわたる願いを、庭の名にした。

金平成園|大石武学流の庭

Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

01 / 商家

黒石藩出入りの米屋は、主屋の奥に蔵を並べた。

黒石市の商家
Photo by Suikotei (CC BY 4.0)

代々同じ名を継いだ商家で、主に米穀を扱い、屋号は米屋です。主屋は通りにこみせを設け、2階の梁は与次郎組という技法で組んで室内の高さを確保しています。奥には江戸後期の米蔵・味噌蔵と文庫蔵が並びます。

  • 屋号は米屋
  • 1973年 主屋が重要文化財
  • 2004年 蔵が追加指定

02 / 屯所

火の見やぐらを3段載せた屯所は、全体で5階建てになる。

黒石市の屯所
Photo by 掬茶 (CC BY-SA 4.0)

大正13年(1924)に建てられた木造2階建てで、2階の前方に火の見やぐらとして設計された望楼を3段載せ、全体で5階建てです。2階の18畳間と12畳間は、当時は結婚式や会合にも使われました。市内には望楼を載せた屯所が6か所あります。

  • 1924年 建築
  • 望楼3段・5階建て
  • 2003年 県重宝

03 / 火流し

稲の3種に見立てた舟が、火をともして川を下る。

毎年8月16日の夕方、中野川で行います。カヤとワラで編んだ長さ3mほどの舟3隻を、ワセ・ナカ・オクテという稲の3種になぞらえ、帆柱に火をつけて500mほど下流の大川原橋まで流します。火が橋をくぐるまで消えないと、翌年は豊作と占います。

  • 毎年8月16日
  • 舟3隻
  • 1983年 県無形民俗文化財

空から見た黒石市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

弘前駅から、弘南線で黒石駅まで約30分。

  • 人口3万人規模

市の観光案内は、JR青森駅か新青森駅から弘前駅まで特急つがるで約40分、弘前駅から黒石駅まで弘南鉄道弘南線で約30分と案内しています。市内の鉄道駅は、弘南線の黒石駅と境松駅です。

住んでいる人
31,946人
19952020

2015年より −6.8%

39,004 → 31,946人

面積
217.05km²

うち可住地 73.56km²

2024年

世帯数
11,661世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
3.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所15

人口1万人あたり 5.6

2023年

面積217.05km²うち可住地73.56km² / 34%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 15園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの黒石市40.643°N 140.595°E
東京大阪黒石市
黒石市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

17.5km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

黒石市は、こういう町です。

  1. 01金平成園は、加藤宇兵衛の求めで作庭が始まり、1902年に完成した大石武学流の庭園。池を回って眺める国の名勝で、名は「万民に金が行きわたり、平和な世の中になるように」という願いから付いた
  2. 02中町の高橋家住宅は黒石藩出入りの米穀商の家で、奥に蔵が並ぶ。第三消防部屯所は望楼を3段載せた5階建ての県重宝で、大川原では毎年8月16日に火流しを行う
  3. 03市内の鉄道駅は弘南線の黒石駅と境松駅で、市の観光案内は弘前駅から黒石駅まで約30分と案内する

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。