01 / 大森勝山遺跡
岩木山と環状列石を結ぶ軸線上に、大型の竪穴建物跡が配された。

岩木山北東麓の台地にある縄文時代晩期初頭の環状列石は、77基の組石を楕円形に配しています。市によると、竪穴建物跡は環状列石から南西約100mにあり、岩木山と環状列石を結ぶ軸線上にあります。市は、冬至の日に岩木山山頂へ沈む夕日が見られるとも紹介しています。
- 組石77基
- 長径48.5m・短径39.1m
- 2012年 国史跡
01 / 大森勝山遺跡

岩木山北東麓の台地にある縄文時代晩期初頭の環状列石は、77基の組石を楕円形に配しています。市によると、竪穴建物跡は環状列石から南西約100mにあり、岩木山と環状列石を結ぶ軸線上にあります。市は、冬至の日に岩木山山頂へ沈む夕日が見られるとも紹介しています。
02 / 木村産業研究所

木村産業研究所は、1932年に弘前市街に建てられた鉄筋コンクリート造2階建てです。市は、前川がル・コルビュジエのもとで学んだ後に日本で最初に手掛けた作品と記します。文化庁は、玄関ホールに吹き抜けを設け、天井を赤く塗った空間と解説しています。
03 / 堀越城跡

市によると、津軽為信は1594年に堀越城を改修して大浦城から居城を移し、1611年に2代藩主信枚が高岡城(のちの弘前城)へ移るまでの17年間、津軽氏の居城でした。市は、近年の調査で本丸の御殿建築群が判明した一方、石垣や瓦屋根建物は見られないと説明します。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2024年6月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
市公式の「市の位置・交通アクセス」は、東京駅から東北新幹線はやぶさで新青森駅まで3時間14分、新青森駅から特急つがるで弘前まで27分と案内します。
2015年より −5%
183,473 → 168,466人
うち可住地 294.51km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 10.2
2023年
人口は2010年以降(市域変更)。2006-02-27 に新設合併(岩木町・相馬村)。2010年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
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