01 / 不識塔
開拓を伝えるために、焼山の頂にれんが造りの塔が建てられた。

川原平の焼山の頂に立つ不識塔は、れんが造りで基底の直径5.94m・高さ20.8m、1912年の完成です。村の人は「つかさの塔」と呼んできました。塔を囲む鉄骨は、2002年度からの保存改修以来のものです。台地の広泰寺の本堂とともに、2002年2月に村の有形文化財に指定されています。
- 高さ20.8m・基底の直径5.94m
- 1912年の完成
- 村の有形文化財 2002年2月
01 / 不識塔

川原平の焼山の頂に立つ不識塔は、れんが造りで基底の直径5.94m・高さ20.8m、1912年の完成です。村の人は「つかさの塔」と呼んできました。塔を囲む鉄骨は、2002年度からの保存改修以来のものです。台地の広泰寺の本堂とともに、2002年2月に村の有形文化財に指定されています。
02 / 齋藤主
齋藤主(さいとう つかさ)は1860年、津軽藩士の長男として弘前城下に生まれ、測量・土木技師として大成しました。川原平の開拓では村民を指導し、岩木川本流の大川からトンネルを築いて用水を引き、80haもの原野を水田に変えたと村は記します。植林や道路の開削にも尽力しました。
03 / 西こぎん
こぎん刺しは、江戸時代に目の粗い麻の着物しか着られなかった農民が、冬の寒さを耐えるために編み出した技法で、西こぎんは西目屋村が発祥とされています。大緞帳は役場庁舎の旧大集会室で使われたもので、中央公民館にあります。県の伝統工芸品に、炭俵を背負う娘をかたどった目屋人形もあります。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2015年9月〜11月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
村に鉄道の駅は無く、弘前駅から先は路線バスかタクシーと村公式は案内します。弘南バスの弘前バスターミナル発・西目屋村役場前着は、毎日運転の便で60〜70分です(2026年4月1日改正)。村の総面積246.02km²の93%は林野で、そのうち91%を国有林が占めます。
2015年より −10.6%
2,138 → 1,265人
うち可住地 21.83km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
人口1万人あたり 7.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は弘南バス公式『弘前管内 時刻表 No.5 相馬・西目屋・岩木方面』令和8年4月1日改正(https://www.konanbus.com/wordpress/wp-content/uploads/2026/03/timetable20260401_hirosaki05.pdf)の「弘前~相馬庁舎~西目屋村役場線 20・H20・S20・21」。弘前バスターミナル(7番のりば)発→西目屋村役場前着:7:00→8:05(65分)・7:35→8:40(65)・9:00→10:10(70)・11:30→12:40(70)・13:00→14:10(70)・15:00→16:10(70)・17:00→18:05(65)・19:15→20:15(60)の8便が毎日運転(赤字=土日祝運休の10:00→11:10〈70〉と18:00→19:05〈65〉は除く)。毎日運転の最速は19:15発の60分。逆向き(西目屋村役場前発→弘前駅前着)は6:40→7:45(65分)ほか。図は目で確かめた(pdftotext の文字と突き合わせ)(2026-10-28 確認)。時間帯により異なります。
かたち
気になったら、町に聞いてみませんか。