外ヶ浜町・階段国道(竜飛)
よみもの

02307 / そとがはままち

青森県 東津軽郡

外ヶ浜町

国道339号の一部は、362段の階段。

階段国道|竜飛

Photo by 池田賢一郎 (CC BY-SA 3.0)

01 / 大平山元遺跡

炭化物の分析で分かった、約1万5千年以上前に使われた土器片。

外ヶ浜町の大平山元遺跡
Photo by Mccunicano (CC BY-SA 4.0)

大平山元遺跡の無文土器片は、付着した炭化物の分析で、約1万5千年以上前に使われたことが分かったと町は説明します。煮炊きに使った土器で、定住のめばえが分かる遺跡だとしています。出土品は2025年に国の重要文化財になりました。

  • 約1万5千年以上前に使われた(町の説明)
  • 2013年 国史跡
  • 2025年 出土品が重要文化財

02 / 平舘台場跡

大砲を据えたと考えられる窪地が7ヶ所、土塁に33本の松が植えられている。

外ヶ浜町の平舘台場跡
Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

平舘台場跡は、嘉永2年(1849)に弘前藩が構築した砲台の跡です。県によると、土塁の高さは約2.3m、内部は南北80m・東西11m程で、土塁には33本の松が植えられています。西側には南北1.8kmの松林が続きます。

  • 窪地7ヶ所
  • 土塁の高さ約2.3m
  • 松33本
  • 2004年 県史跡

03 / 太刀振

竹の棒を太刀に見立て、二人一組で打ち合わせて踊る。

太刀振は、竹の棒を太刀に見立て、笛・太鼓に合わせて二人一組で打ち合わせながら踊る、五穀豊穣を願う芸能です。古くは各地域にありましたが、旧宇鉄村(三厩六條間地区)にのみ残っていると町は記します。

  • 二人一組で踊る
  • 旧宇鉄村(三厩六條間地区)にのみ残る
  • 2008年 町の無形民俗文化財

空から見た外ヶ浜町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年7月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

2005年、蟹田町・平舘村・三厩村が合わさった。

  • 人口5千人規模
  • 郡部の町

2005年3月28日に蟹田町・平舘村・三厩村が合併して生まれた町で、総面積の約89%を山林が占めます。東は陸奥湾に面し、北は津軽海峡を隔てて北海道と向き合います。庁舎は蟹田の本庁のほか、平舘と三厩に支所があります。

住んでいる人
5,401人
20052020

2015年より −12.9%

8,215 → 5,401人

面積
230.3km²

うち可住地 31.05km²

2024年

世帯数
2,358世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所7

人口1万人あたり 14.8

2023年

面積230.3km²うち可住地31.05km² / 13%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの外ヶ浜町41.043°N 140.632°E
東京大阪外ヶ浜町
外ヶ浜町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

26.7km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

外ヶ浜町は、こういう町です。

  1. 01竜飛崎の国道339号は、岬下から灯台までの362段・総延長388.2mが階段で、車両は通れない
  2. 02大平山元遺跡は後期旧石器時代後半から縄文時代草創期までの石器の移り変わりを追える遺跡で、出土した無文土器片は約1万5千年以上前に使われたと町は説明する
  3. 03平舘台場跡は弘前藩が1849年に構築した砲台の跡で窪地が7ヶ所あり、旧宇鉄村の三厩六條間地区には竹の棒を打ち合わせて踊る太刀振が残る

気になったら、町に聞いてみませんか。