洞爺湖町・入江貝塚
よみもの

01584 / とうやこちょう

北海道 虻田郡

洞爺湖町

長く介護を受けた人の骨が出た貝塚。

入江貝塚

Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

01 / 高砂貝塚

赤い顔料ベンガラを散布した土坑墓が、配石遺構とともに墓域をつくる。

洞爺湖町の高砂貝塚
Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

高砂貝塚の墓域は、土坑墓と配石遺構で構成されます。土坑墓には土器や石器などの副葬品が伴い、赤色の顔料ベンガラが散布されています。抜歯の痕跡のある人骨や、胎児骨を伴う妊産婦の墓もあると、世界遺産公式サイトは記します。

  • 土坑墓と配石遺構で構成
  • 土坑墓に赤色の顔料ベンガラを散布
  • 2002年 国史跡に追加指定

02 / 入江馬頭観世音碑

有珠虻田牧場の開場の日に建てられた、当時の松前藩領以北で最も古いとされる碑。

入江馬頭観世音碑は、文化2(1805)年7月5日、有珠虻田牧場の開場の日に合わせて建てられました。願主には牧場開設の功労者、福井政之助と村田卯五郎の名が刻まれます。町は、官営牧場の経営や馬産史を知る貴重な碑と説明します。

  • 1805年7月5日に建立
  • 願主は福井政之助と村田卯五郎
  • 1992年 道指定有形文化財

03 / とうや湖ぐるっと彫刻公園

湖畔の一周36.5kmに、58基の彫刻が配されている。

洞爺湖町のとうや湖ぐるっと彫刻公園
Photo by yoppy (CC BY 2.0)

とうや湖ぐるっと彫刻公園は、洞爺湖町と壮瞥町が洞爺湖を囲む湖畔に全58基を配した野外彫刻公園です。町は、一周36.5kmの湖畔に生の賛歌をテーマとした彫刻群が並び、作家と自然の対峙が空間をつくると紹介します。

  • 全58基
  • 湖畔一周36.5km
  • 洞爺湖町と壮瞥町が配置

空から見た洞爺湖町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2015年6月〜7月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

2006年、虻田町と洞爺村が合わさった。

  • 人口8千人規模
  • 郡部の町

2006年3月27日に虻田町と洞爺村が合併して生まれた町で、支笏洞爺国立公園内にあり、湖と山と海に囲まれます。町は、虻田地区を中心に漁業、洞爺地区を中心に農業が盛んだと紹介します。

住んでいる人
8,442人
2010

2015年より −9.2%

10,132 → 8,442人

面積
180.87km²

うち可住地 56.3km²

2024年

世帯数
4,030世帯

1世帯 2.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院2/診療所8

人口1万人あたり 11.8

2023年

面積180.87km²うち可住地56.3km² / 31%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの洞爺湖町42.551°N 140.764°E
東京大阪洞爺湖町
洞爺湖町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

19.9km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

洞爺湖町は、こういう町です。

  1. 01入江貝塚は内浦湾を望む段丘上の縄文の集落遺跡で、墓域から長期にわたり介護を受けた人の骨が見つかっていると世界遺産公式サイトは記す
  2. 02高砂貝塚の墓域は土坑墓と配石遺構でできていて、土坑墓には赤色の顔料ベンガラが散布されている
  3. 03入江馬頭観世音碑は1805年に有珠虻田牧場の開場の日に合わせて建てられた道指定の碑で、湖畔には洞爺湖町と壮瞥町が58基の彫刻を配している

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。