蓬田村・玉松海水浴場(遠浅の浜)
よみもの

02304 / よもぎたむら

青森県 東津軽郡

蓬田村

遠浅の浜に、陸奥湾が寄せる。

玉松海水浴場|遠浅の浜

Photo by Sashimiteishoku (CC0)

01 / 玉松

舟が目算の目印にしたと伝わる、玉松台の老松。

玉松海水浴場の西の高台、玉松台は松に囲まれた1.88ヘクタールの緑地公園です。村は樹齢300年以上の老松「玉松」を紹介し、江戸時代、青森港や油川港へ向かう舟が見て到着を目算し、地元の船は灯台代わりの目印にしたと伝えられています。

  • 緑地公園 1.88ヘクタール
  • 老松「玉松」樹齢300年以上
  • 舟の目印と伝わる

02 / 蓬田城跡

築いた人も時期も不明な、蓬田八幡宮の森の城跡。

蓬田八幡宮の森が、大館ともいわれる蓬田城址です。南北朝時代の豪族の居館だったと伝えられ、いつごろ誰が築城したかは不明。昭和50年の発掘調査では、縄文時代の土器や石器、擦文土器、中国産の白磁と青磁などが出土しました。

  • 南北朝の豪族の居館と伝わる
  • 昭和50年に発掘調査
  • 擦文土器・白磁・青磁が出土

03 / 正法院

船大工が4年の歳月をかけて完成させた、山門の仁王尊像。

正法院の山門の2体の仁王尊像は、昭和5年に青森市後潟の船大工、工藤源蔵が4年かけて完成させ、奈良東大寺の像の型にならったといいます。寺は慶長18年(1613)の開創で、寛文2年(1662)に現在地へ移りました。寺宝の円空作の菩薩坐像は県重宝です。

  • 仁王尊像 昭和5年完成
  • 慶長18年(1613)開創
  • 円空作の菩薩坐像は県重宝

空から見た蓬田村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年7月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

国道とJR線が、村を南北に貫く。

  • 人口3千人規模
  • 郡部の町

総面積は80.84平方キロメートルで、約80%が山林です。村の南は青森市で、昔は20kmの道を足で歩いたといい、いまは国道とJR線が村を南北に貫きます。JR津軽線の青森駅から蓬田駅まで約30分で、コミュニティバスが村内の公共施設を巡回しています。

住んでいる人
2,540人
19952020

2015年より −12.3%

3,786 → 2,540人

面積
80.84km²

うち可住地 19.89km²

2024年

世帯数
899世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 7.9

2023年

面積80.84km²うち可住地19.89km² / 25%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの蓬田村40.972°N 140.656°E
東京大阪蓬田村
蓬田村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

9.8km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

蓬田村は、こういう町です。

  1. 01玉松海水浴場は国道280号沿いにある遠浅で透明度の高い海水浴場で、西側の高台が玉松台
  2. 02蓬田城跡は築いた人も時期も不明で、昭和46年に発掘された小館遺跡とともに擦文土器が出土している
  3. 03正法院の山門には、青森市後潟の船大工が完成させた2体の仁王尊像が立つ

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。