Shan Shan Dance in Oku.jpg
よみもの

38442 / いかたちょう

愛媛県 西宇和郡

伊方町

歌の文句から、踊りの名が付いた。

しゃんしゃん踊り|大久

Photo by Amake (CC BY-SA 3.0)

01 / 佐田岬半島の初盆行事

円を描いて回る行事と、船を海に流す行事がある。

初盆を迎える家が中心になり、新仏を供養して送り出す行事。旧三崎町のモウナなどは、鉦・太鼓に合わせ新仏の数だけ円を描くように回り、旧瀬戸町のオショロブネは、麦藁や真竹の船に提灯や市松人形を乗せて流す。見学や撮影は、地元と家族の了承を得てから。

  • 国の選択無形民俗文化財(2010年選択)
  • 旧三崎町:モウリョウ・モウナ
  • 旧瀬戸町:オショロブネ

02 / 旧平礒水底線陸揚室

九州からの海底ケーブルを、陸に揚げた小さな建物。

1927年(昭和2)、佐賀関町志生木との間44.2kmをつなぐために設置されたと町は記す。鉄筋コンクリート造の平屋が花崗岩の石垣の上に建ち、外装はドイツ壁風で、入口にアーチ状の庇を付ける。国の登録有形文化財で、「半島部の近代化の一端を物語る」と解説される。

  • 国の登録有形文化財(2003年)
  • 1927年・鉄筋コンクリート造・建築面積35㎡
  • 佐賀関〜平礒 44.2km(町公式)

03 / 三崎八幡神社

地震で倒れた鳥居は、残った一柱で再建したと伝わる。

Misaki Hachiman Temple.jpg
Photo by Amake (CC BY-SA 3.0)

貞観2年(860)の創建と伝えられるが、はっきりしない。明治維新まで大社正八幡宮と称し、三崎浦15ヶ浦の氏神だったが、のちに総氏神(大氏神)と称するようになった。町指定の有形文化財(建造物)。

  • 町指定有形文化財(建造物・1979年)
  • 貞観2年(860)の創建と伝わる
  • 三崎浦15ヶ浦の氏神

くらし

南の宇和海側は白砂が連なり、北の瀬戸内海側はリアス式海岸。

  • 人口8千人規模
  • 郡部の町

伊方町は、四国の最西端、佐田岬半島に位置する町です。年間平均気温は16℃の温暖な海洋性気候で、佐田岬半島ではフグ、ブリ、タイ、アワビ、伊勢エビなど多種多様な魚介が水揚げされ、斜面の段々畑では紅まどんな、せとかなどの柑橘も栽培されています。

住んでいる人
8,397人
20052020

2015年より −12.8%

12,095 → 8,397人

面積
93.83km²

うち可住地 46.32km²

2024年

世帯数
4,077世帯

1世帯 2.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所10

人口1万人あたり 11.9

2023年

面積93.83km²うち可住地46.32km² / 49%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2005年以降(市域変更)。2005-04-01 に新設合併(瀬戸町・三崎町)。2005年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1市町村に、接している。

日本のなかの伊方町33.489°N 132.354°E
東京大阪伊方町
伊方町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

19.7km

八幡浜市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

伊方町は、こういう町です。

  1. 01しゃんしゃん踊りは、大久地区で9月1日に奉納されてきた踊りで、町の無形民俗文化財です。歌の文句に「しゃんしゃん」とあることが名前の由来で、お幾世という女性の霊を慰めるために始まったと伝えられ、三百年以上受け継がれています。
  2. 02佐田岬半島の初盆行事は国の選択無形民俗文化財で、旧三崎町のモウナ、旧瀬戸町のオショロブネなどがあります。旧平礒水底線陸揚室は、1927年に設置された海底ケーブルの陸揚げ施設で、国の登録有形文化財です。
  3. 03名取集落は、1615年に伊達秀宗が奥州から連れてきた人々が定住したのが始まりとされ、斜面には多彩な石垣が見られます。半島の先端には1918年に点灯した国登録の佐田岬灯台が立ち、湊浦の生涯学習センターには伊方杜氏資料館があります。

気になったら、町に聞いてみませんか。