01 / 上黒岩岩陰遺跡
小さな緑泥片岩に、長い髪の女性が線で刻まれている。

昭和36年5月、久万川の岩陰を地主の父子が見つけた。子は当時、美川中学校の1年生。縄文草創期から後期の遺跡で、石偶(女神石)と呼ばれる線刻の小石は、信仰の対象であっただろうといわれる。出土品は遺跡そばの上黒岩遺跡考古館で公開され、月曜と12月〜3月は休館。
- 国の史跡(昭和46年指定)
- 縄文草創期から後期の複合遺跡(町公式)
- 昭和36年5月に地主の父子が発見(国立歴史民俗博物館)
01 / 上黒岩岩陰遺跡

昭和36年5月、久万川の岩陰を地主の父子が見つけた。子は当時、美川中学校の1年生。縄文草創期から後期の遺跡で、石偶(女神石)と呼ばれる線刻の小石は、信仰の対象であっただろうといわれる。出土品は遺跡そばの上黒岩遺跡考古館で公開され、月曜と12月〜3月は休館。
02 / 仰西渠
久万川は深い谷で、水田への水は木の樋を数十も連ねて引いていた。台風や大雨で流される樋の修理から人々を救おうと、商家の山之内彦左衛門(のちの仰西)が私財で着工。3年かけ、長さ57m、途中約12mはトンネルの水路を通した。
03 / 旧山中家住宅
18世紀中期から末期ごろに建てられたようで、入母屋造り・茅ぶき。「岩陰文化の里」に指定された久万高原町が譲り受け、移築・保存している。土間が狭く、部屋を一列に並べる山村民家の特色が著しい。参観無料、月曜と12月〜3月は休館。
くらし
旧久万町・面河村・美川村・柳谷村が2004年8月に合併した、面積584km²の町。面河川と久万川は仁淀川の源流域にあたる。JR四国バスの時刻表では、松山駅から久万高原駅まで約80分。基幹産業は農林業で、久万林業は明治5年に大宝寺の住職が植林を呼びかけたのが発端。町立久万美術館は、故井部栄治氏の収集品の寄贈を受け、昭和63年に建てた木造の館。
2015年より −12.3%
10,946 → 7,404人
うち可住地 62.43km²
2024年
1世帯 2.0人
2020年
人口1万人あたり 16.2
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間はJR四国バス公式「久万高原線」の時刻表(2025年4月1日改正)。松山(JR松山駅)発→久万高原着が 6:30→7:54(便1・84分)、8:10→9:30、10:00→11:20、12:00→13:20、14:00→15:20、15:20→16:40、18:00→19:20、19:00→20:20(便15・平日のみ)がいずれも80分、19:30→20:40(便113・休日のみ)が70分。久万高原発→松山は 6:30→7:50 ほか80分の便が並び、6:50→8:00(便52・平日のみ)が70分(2026-09-30 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
34.0km
気になったら、町に聞いてみませんか。