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よみもの

38422 / うちこちょう

愛媛県 喜多郡

内子町

洪水のあと、橋脚のない橋に建て直した。

田丸橋|屋根付き橋

Photo by Reggaeman (CC BY-SA 3.0)

01 / 木蝋

木蝋を作る釜場や倉が、邸内に一体で残された家。

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Photo by Suikotei (CC BY-SA 4.0)

上芳我家は、木蝋生産の発展の中心となった芳我家の分家で、文久元年(1861)に現在地へ出店を構えた。主屋は明治27年(1894)に上棟し、釜場や出店倉などの生産施設が邸内に一体で残る。町が木蝋資料館として運営し、展示棟で製蠟用具1,444点の一部を見せる。

  • 主屋は明治27年(1894)の上棟
  • 重要文化財(建造物)10棟・平成2年指定
  • 製蠟用具1,444点・平成3年指定

02 / 凧合戦

凧糸の刃物「ガガリ」で、相手の糸を切り合う。

五十崎側と天神側に分かれ、小田川をはさんで凧を上げる。凧糸に仕込んだ刃物「ガガリ」で相手の糸を切り合い、町公式は約400年の歴史を持つ町最大の伝統行事とする。県の無形民俗文化財で、2026年も5月5日に豊秋河原で開かれた。

  • 県無形民俗文化財
  • 約400年の歴史(町公式)
  • 百畳凧は縦約14m・横約12m

03 / 活動写真館

元活動写真館の建物で、若者が町に開かれた場所を目指す。

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Photo by Suikotei (CC BY-SA 4.0)

旭館は大正15(1926)年竣工の元活動写真館で、昭和44(1968)年に閉館した。その後は家具の展示や倉庫に使われたが、平成25(2013)年に保存会ができた。令和6(2024)年からは地域の若者が中心となり、上映会や喫茶イベントを開いている。

  • 大正15(1926)年竣工
  • 昭和44(1968)年に閉館
  • 国の登録有形文化財

くらし

山林が面積の約8割。小田川がほぼ東西に流れる。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

愛媛県のほぼ中央部の喜多郡にあり、面積は299.43km²、東西30.0km・南北17.9kmに広がります。平坦地は少なく、山地や丘陵地がほとんどです。中央を小田川が流れ、柿・ぶどう・梨・桃などの果樹栽培も盛んです。

住んでいる人
15,322人
20052020

2015年より −8.5%

19,620 → 15,322人

面積
299.43km²

うち可住地 68.84km²

2024年

世帯数
6,258世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
3.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所14

人口1万人あたり 9.8

2023年

面積299.43km²うち可住地68.84km² / 23%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2005年以降(市域変更)。2005-01-01 に合併。2005年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの内子町33.533°N 132.658°E
東京大阪内子町
内子町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

18.2km

大洲市・久万高原町・伊予市・砥部町・西予市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

内子町は、こういう町です。

  1. 01内子町河内の麓川に架かる田丸橋は、杉皮葺きの屋根をのせた木の橋です。屋根は当初、橋の耐久性を保つために設けられ、のちに収穫物の倉庫や地域の集会所にも使われました。1943年の大洪水で流されたあと、橋脚のないアーチで再建され、1982年に町の文化財に指定されています。
  2. 02八日市・護国は、江戸後期から明治にかけて木蝋の生産で栄えた通りで、約600mの街道沿いに93棟の特定伝統的建造物と国の重要文化財3件があり、1982年に四国で初めて国の伝統的建造物群保存地区に選ばれました。大正5年(1916)に建った芝居小屋の内子座は、2024年9月から約4年間、耐震補強を含む保存修理工事のため休館中で、楽屋が公開されています。
  3. 03愛媛県のほぼ中央部の喜多郡にあり、面積の約8割を山林が占める山間の町です。旧内子町・旧五十崎町・旧小田町が2005年に合併しました。町公式のアクセス案内がJRの駅として挙げるのは五十崎駅です。

気になったら、町に聞いてみませんか。