01 / 天守雛型
天守の内部の木組みは、江戸の模型をもとに復元した。

大洲城の天守は明治21(1888)年に解体され、平成16(2004)年に復元された。天守雛型は内部の木組みが分かる模型で、大工棟梁の中野家に伝わった。発掘で見つかった礎石と、雛型を基にした復元図を重ねると、柱の位置が一致した。
- 天守は2004年に復元(市公式)
- 1999年の発掘調査で礎石が見つかった(市公式)
- 天守雛型は平成14年に市指定文化財
01 / 天守雛型

大洲城の天守は明治21(1888)年に解体され、平成16(2004)年に復元された。天守雛型は内部の木組みが分かる模型で、大工棟梁の中野家に伝わった。発掘で見つかった礎石と、雛型を基にした復元図を重ねると、柱の位置が一致した。
02 / 長浜大橋

肱川の河口にかかる長浜大橋は昭和10(1935)年8月の完成で、開閉部分は18m、カウンターウェイトは82トン。平成26(2014)年に国の重要文化財に指定された。定時開閉は土曜・祝日の11時ほかで、警報や強風の日は中止になる。
03 / 成能の郷約
元文5(1740)年ごろ、陽明学者・川田雄琴の話に触発された成能村の農民27人が、11か条の覚書を作って守ることを誓った。農業に励む、博打をしない、互いに助け合うなど。庶民の集会は禁じられていたが、藩は感心して罰しなかった。
くらし
市の紹介は、中央部を清流の肱川が流れ、昔ながらの街並みが残ると書く。市街地は昼夜の気温差が大きい盆地の気候で、西部の海側は温暖で雨が少なく、山間部は冬に雪が積もることもある。肱川は大洲盆地を貫いて伊予灘に注ぐ。
2015年より −8%
50,786 → 40,575人
うち可住地 116.97km²
2024年
1世帯 2.3人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 14.0
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2005-01-11 に合併。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は宇和島自動車『高速バス(神戸・大阪線)』ページ(https://www.uwajima-bus.co.jp/express/ 。阪神バスとの共同運行の高速乗合バス、全席指定)の時刻表『神戸・大阪▶宇和島(下り)』昼行便(2026-09-30 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
35.6km
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