玉川村・宮ノ前古墳(川辺の石室)
よみもの

07502 / たまかわむら

福島県 石川郡

玉川村

切石を組んだ石室が、南南東を向いている。

宮ノ前古墳|川辺の石室

Photo by Saigen Jiro (CC0)

01 / 石塔

台座の穴を塞ぐ大日如来像の背に、「元久二年乙丑開山宥元代」と刻まれている。

玉川村の石塔
Photo by Duff Figgy (CC BY-SA 3.0)

観光物産協会は、高さ約180cmの石龕の正面が扉造りで、周囲に弥勒浄土の四十九院の名が刻まれると記します。台座の穴は舎利を納めたものと考えられ、それを塞ぐ大日如来の石像の背に刻銘があります。宥元は東福寺を開山した和尚の名です。

  • 昭和10年6月7日に国の史跡に指定
  • 高さ約180cm
  • 刻銘「元久二年乙丑開山宥元代」

02 / 五輪塔

領主源基光の墓として建立された石塔婆が、参道の覆堂に安置されている。

村公式は、昭和13年に国の重要文化財に指定された五輪塔を、藤原時代末に領主源基光の墓として建立された石塔婆と記します。巌峯寺参道の覆堂に安置され、観光物産協会は高さ180cmと紹介します。

  • 昭和13年7月4日に国の重要文化財に指定
  • 高さ180cm
  • 藤原時代末の建立と村公式は記す

03 / 滝

名の由来には、増水時の流れの形と側面から見た断層の形の二つの説がある。

玉川村の滝
Photo by Stu (CC BY-SA 3.0)

村公式は、日本の滝100選にも選定されている乙字ヶ滝の名の由来に、「増水時の流れの形」説と「側面から見た断層の形」説があると記します。観光物産協会は、水かさが増すと100mもある滝幅いっぱいに落ちると紹介します。

  • 日本の滝100選に選定
  • 水かさが増すと滝幅100m
  • 滝見不動尊堂のかたわらに芭蕉の句碑

空から見た玉川村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年7月〜9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

泉郷駅は、水郡線の駅。

  • 人口6千人規模
  • 郡部の町

村内の駅は、水郡線の泉郷駅と川辺沖駅です。村公式の「玉川村へのアクセス」は、列車を東北新幹線と水郡線の乗り継ぎで案内し、最後に泉郷を挙げます。昭和30年に泉村と須釜村が合併して、いまの玉川村になりました。

住んでいる人
6,392人
19952020

2015年より −5.7%

7,593 → 6,392人

面積
46.67km²

うち可住地 25.46km²

2024年

世帯数
1,980世帯

1世帯 3.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 7.8

2023年

面積46.67km²うち可住地25.46km² / 55%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの玉川村37.211°N 140.409°E
東京大阪玉川村
玉川村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

8.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

玉川村は、こういう町です。

  1. 01宮ノ前古墳は川辺字宮ノ前にある県指定史跡で、切石を組んだ横穴式石室が南南東に向かって開口し、築造は石室の構造などから7世紀後半と考えられている
  2. 02東福寺舎利石塔は国指定史跡で、大日如来の石像の背に「元久二年乙丑開山宥元代」の刻銘があり、村公式は鎌倉時代の弥勒浄土の思想を表現したものと記す
  3. 03岩法寺の五輪塔は藤原時代末に領主源基光の墓として建立された石塔婆と村公式は記し、乙字ヶ滝の名の由来には二つの説がある

気になったら、町に聞いてみませんか。