01 / 安芸国分寺跡
国分寺の寺域の中に、国師の事務所があった。

聖武天皇の詔で、奈良時代に全国に造られた国分寺の一つ。発掘調査で、都から派遣された僧官・国師の事務所「国師院」が寺域内にあると判明し、所在が分かったのは全国で初めてだった。天平勝宝2年(750)の木簡も出土した。
- 国師院の所在が全国で初めて判明
- 天平勝宝2年(750)の木簡が出土
- 出土品252点が重要文化財(令和5年指定)
01 / 安芸国分寺跡

聖武天皇の詔で、奈良時代に全国に造られた国分寺の一つ。発掘調査で、都から派遣された僧官・国師の事務所「国師院」が寺域内にあると判明し、所在が分かったのは全国で初めてだった。天平勝宝2年(750)の木簡も出土した。
02 / 時報塔
大正11年(1922)、旧志和堀村出身のアメリカ在住者15人が、同国製の鐘を贈った。鐘を吊るすために村が建てたのが、高さ7.8mのコンクリート製の塔。昭和17年に上部を改造してサイレンを備え、いまも7時・10時・12時・15時・17時に鳴る。
03 / 三浦仙三郎

安芸津町三津の三浦仙三郎は、明治9年(1876)に酒造りを始めて腐造に悩まされた。軟水でも腐らない造りを探して計測を徹底し、成果を明治31年(1898)に『改醸法実践録』として出版。三津だけでなく広島県全体の酒質が向上していった。
くらし
市域は、内陸の西条から瀬戸内海に面した安芸津まで、9つの地区にわたります。西条駅前の酒蔵通り地区には、史跡に指定された酒蔵群が広がります。高屋町の白市には寛文5年(1665)建築の町家があり、安芸津の木谷の沖には、虫に穴を掘られて小さくなっていると言われるホボロ島が浮かびます。
2015年より +1.9%
184,430 → 196,608人
うち可住地 236.51km²
2024年
1世帯 2.2人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.6
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2005-02-07 に合併。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間はJR西日本「JRおでかけネット」区間時刻表『東海道・山陽・九州新幹線(東京~博多~鹿児島中央) 下り』(https://timetable.jr-odekake.net/line-timetable/1796 ・2026年9月29日〈火〉のダイヤ。本体が保存した表 $SP/jr-shinkansen-down-20260929.json を、東広島の『発』の欄について数え直した)と、そこから開いた列車ページ(ひかり681号 https://timetable.jr-odekake.net/train-timetable/314271?date=20260929 ・『毎日運転』)。バスの確認はJRバス中国の路線詳細(express/detail/0545・0470)と時刻表PDF(2026-09-29 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
40.0km
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