千歳市・キウス周堤墓群
よみもの

01224 / ちとせし

北海道

千歳市

縄文の墓を囲む土手が、いまも見える。

キウス周堤墓群

Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

01 / 鉄橋

砂川と妹背牛の間にあった英国製の橋が、支笏湖畔の歩道橋になった。

千歳市の鉄橋
Photo by Takisaw (CC BY-SA 4.0)

市指定の山線鉄橋について、市は、英国製で明治32年(1899)に砂川〜妹背牛間に架けられ、のちに王子製紙の専用軽便鉄道(山線)の橋として支笏湖に移されたと記します。昭和42年に市へ寄贈され、いまは歩道橋です。

  • 明治32年(1899)
  • 英国製
  • 1999年 市指定有形文化財

02 / 縄文の土面

縄文の墓の口に、顔を上に向けた土の面があった。

千歳市の縄文の土面
Photo by タクナワン (CC0)

ママチ遺跡の土面は、約2300年前の縄文時代晩期の墓から見つかり、高さ17.9cm・幅18.4cmです。文化庁の解説は、墓の口の北西端に顔面を仰向けた状態で出土したと記します。市は、墓標に付けられていたとする説もあると案内します。

  • 約2300年前
  • 高さ17.9cm・幅18.4cm
  • 1988年 国の重要文化財

03 / サケ漁

電気を使わず、川の流れだけで回る水車が、サケを捕る。

千歳市のサケ漁
Photo by 100yen (CC BY-SA 3.0)

市の観光サイトは、千歳川のインディアン水車を、サケの親魚を捕るために1896年(明治29年)に設置された捕魚車と記します。道内のほかの水車と違い、電力を使わず水力だけで回るのは千歳川のものだけと述べます。

  • 1896年(明治29年)設置
  • 電力を使わず水力だけ
  • 設置は8月中旬から12月上旬

空から見た千歳市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2011年10月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

札幌から千歳駅まで、快速で約30分。

  • 人口10万人規模

千歳市議会(千歳市役所)の案内は、JR札幌駅からJR千歳駅まで快速電車「エアポート」で約30分、千歳駅から市役所まで徒歩で約15分と記します(2021年4月22日更新)。玄関口は千歳駅です。

住んでいる人
97,950人
19952020

2015年より +2.4%

84,866 → 97,950人

面積
594.5km²

うち可住地 197.54km²

2024年

世帯数
43,809世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
4.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院7/診療所57

人口1万人あたり 6.5

2023年

面積594.5km²うち可住地197.54km² / 33%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 12園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

8市町村に、接している。

日本のなかの千歳市42.821°N 141.651°E
東京大阪千歳市
千歳市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

30.2km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

千歳市は、こういう町です。

  1. 01キウス周堤墓群は、市が約3200年前の縄文時代後期につくられた集団墓地と記す国指定史跡(1979年指定)。掘った土を周囲に土手状に積み上げ、内側の竪穴を個々の墓地にした周堤墓について、市は史跡内に9基あり、一番大きなものは直径83mと記す。2021年に世界文化遺産「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産として登録された
  2. 02美々4遺跡の動物形土製品は国の重要文化財(1979年指定)で、市は全長31.5cmの、カメ・水鳥・ムササビ・アザラシにも見える姿と記す。ウサクマイ遺跡群は国指定史跡(1979年指定)で、市は内別川流域の20か所の遺跡などの合計146haが保護されていると記す
  3. 03市は、千歳一帯がアイヌ語で「大きなくぼみ」を意味する「シコツ」と呼ばれ、文化2年(1805)に鶴にちなんで「千歳」と改名されたと記す。その由来は、千歳神社境内にある釜加神社の弁財天御厨子の背面に記され、厨子は市の指定有形文化財(1977年指定)

気になったら、町に聞いてみませんか。