秋常山古墳 - panoramio.jpg
よみもの

17211 / のみし

石川県

能美市

約140mの前方後円墳が、平野に浮かぶ。

秋常山1号墳

Photo by クハ419-5 (CC BY-SA 3.0)

01 / 寺井窯・佐野窯

寺井は大量生産の道を切り拓き、佐野は赤絵の技を根づかせた。

寺井窯を開いた九谷庄三は、多くの後継者を育てて九谷焼の大量生産の道を切り拓きました。佐野窯を開いた斎田道開は、赤絵細描の技術を能美市佐野の地に定着させました。九谷焼発祥の窯は隣の加賀市にありますが、この2つの窯が能美の産地としての土台になりました。

  • 寺井窯 九谷庄三(1816-1883)
  • 佐野窯 斎田道開(1796-1868)
  • 九谷焼工芸技術は県指定文化財

02 / 松井秀喜

根上の海や白山を見ると、「地元に帰ってきたな」と思う。

白山 - panoramio (1).jpg
Photo by クハ419-5 (CC BY-SA 3.0)

能美市(旧根上町)に生まれ育った松井秀喜は、巨人やヤンキースで活躍しました。生家近くには松井秀喜ベースボールミュージアムが立ち、ふるさとの日本海や白山の眺めが「地元に帰ってきたな」という思いにつながると本人が語っています。

  • 能美市(旧根上町)出身
  • 巨人・ヤンキースなどで活躍
  • 生家近くに松井秀喜ベースボールミュージアム

03 / 辰口温泉

洪水で埋もれた湯を、江戸の末に掘り当てた。

辰口温泉総湯 里山の湯.jpg
Photo by Mtdsebaspedia (CC BY-SA 4.0)

辰口温泉は開湯1400年を誇るといわれ、傷ついた馬の脚を湯で癒したという言い伝えが残ります。長く洪水で埋もれていましたが、江戸時代末期の天保7年(1836)、来丸村の源助が掘り当てて再興したとされています。

  • 開湯1400年という
  • 江戸時代末期(天保7年・1836)に掘り当てられ再興
  • 傷ついた馬を癒したという言い伝え

くらし

いまも市内の作家が、九谷焼をつくり続ける。

  • 人口5万人規模

能美市公式サイトによれば、寺井窯・佐野窯の流れをくむ九谷焼づくりは「現在も市内の作家が制作を続けている」といいます。寺井の九谷陶芸村では、絵付けなどの体験もできます。

住んでいる人
48,523人
20052020

2015年より −0.7%

47,207 → 48,523人

面積
84.14km²

うち可住地 48.53km²

2024年

世帯数
18,192世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
3.0万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所28

人口1万人あたり 6.4

2023年

面積84.14km²うち可住地48.53km² / 58%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 15園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの能美市36.447°N 136.554°E
東京大阪能美市
能美市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

9.2km

小松市・白山市・川北町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

能美市は、こういう町です。

  1. 01能美市は2005年、根上町・寺井町・辰口町が合併して生まれました。秋常山1号墳は全長約140mの前方後円墳で、隣の和田山・末寺山史跡公園とあわせて国史跡・能美古墳群を形づくっています。
  2. 02寺井窯を開いた九谷庄三と佐野窯を開いた斎田道開は、江戸後期から明治にかけて多くの後継者を育てました。毎年5月、九谷陶芸村で開かれる九谷茶碗まつりには全国から焼き物ファンが訪れます。
  3. 03根上町出身の松井秀喜は巨人やヤンキースで活躍し、ふるさとへの思いを語っています。辰口温泉は開湯1400年を誇るといわれ、洪水で長く埋もれたのち江戸時代末期に掘り当てられて再興しました。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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