Former Kita Family Residence 01.jpg
よみもの

17212 / ののいちし

石川県

野々市市

金沢の醤油商の主屋を、明治24年に移した。

喜多家住宅

Photo by Suikotei (CC BY 4.0)

01 / 末松廃寺跡

白鳳の寺跡から、女子を描いた瓦塔が出た。

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Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

末松廃寺跡は7世紀後半、白鳳時代の寺院跡で、1939年に国史跡となりました。平成30年度の発掘調査で見つかった瓦塔の破片には、払子を持つ女子の姿が線刻されています。9世紀ごろのものと考えられ、こうした絵を描いた瓦塔はほかに例がありません。

  • 1939年 国史跡指定
  • 9世紀ごろの瓦塔に線刻
  • 全国初の出土品

02 / 御経塚遺跡

石を囲んだ中から、御物石器が見つかった。

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Photo by MathieuMD (CC BY-SA 4.0)

御経塚遺跡は縄文時代後期から晩期、3700〜2500年前ごろの集落跡で、1977年に国史跡となりました。中心の広場を囲む石組みの内部から、用途・性格が不明の御物石器が発見され、学界の注目を集めました。

  • 1977年3月8日 国史跡指定
  • 3700〜2500年前ごろの集落
  • 御物石器が石囲いの中から出土

03 / 富樫氏館跡と布市神社

二つの川を外濠にした館に、加賀の守護所があったとされる。

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Photo by 野路耿一 (CC BY-SA 3.0)

富樫氏歴代の居館は九艘川と新兵衛川を外濠とし、富樫城とも呼ばれました。一族で初めて加賀の守護になった富樫高家は建武2年(1335)、守護所を置いて政務をとったと考えられています。館の跡地には富樫家国が祠堂を営んだのが始まりと伝わる布市神社が残り、大正3年に今の名になりました。

  • 建武2年(1335) 守護所を設置と考えられる
  • 九艘川・新兵衛川が外濠
  • 布市神社は大正3年に改称

くらし

石川でいちばん小さな市に、家が並ぶ。

  • 人口6万人規模

野々市市の面積は13.56平方キロメートルで、石川県でいちばん小さな市です。金沢市・白山市に囲まれたコンパクトな市域に、住宅地と農地、旧北国街道の町並みが集まっています。

住んでいる人
57,238人

2020年

面積
13.56km²

うち可住地 13.56km²

2024年

世帯数
26,200世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
4.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所57

人口1万人あたり 10.7

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(100.0%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 16園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの野々市市36.519°N 136.610°E
東京大阪野々市市
野々市市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

6.6km

金沢市・白山市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

野々市市は、こういう町です。

  1. 01野々市市は石川県でいちばん小さな市で、金沢市・白山市に挟まれます。加賀藩の北国街道で金沢城下から最初の宿駅だった本町に残る喜多家住宅の主屋は、明治24年の大火のあと金沢の醤油商の家を移築したもので、国の重要文化財です。
  2. 02末松廃寺跡は白鳳時代に建てられた寺院跡で、1939年に国史跡となりました。発掘調査で見つかった瓦塔には払子を持つ女子の姿が線刻され、こうした絵を描いた例はほかにありません。
  3. 03縄文後期から晩期の御経塚遺跡は1977年に国史跡となり、御物石器が石囲いの中から見つかりました。富樫氏が館を構えた跡地には、布市神社が残ります。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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