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よみもの

17201 / かなざわし

石川県

金沢市

和洋三層の神門、色ガラスは灯台と伝わる。

尾山神社の神門

Photo by Motokoka (CC BY-SA 4.0)

01 / 主計町

消えた「主計町」の名が、また住所になった。

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Photo by 皓月旗 (CC BY-SA 4.0)

1999年10月1日、住居表示で消えていた「主計町」が尾張町2丁目の一部として復活した。加賀藩士・富田主計の屋敷地にちなむといわれる名で、2004年に区域を広げた。いまは浅野川ぞいに茶屋建築が並ぶ。

  • 1999年10月1日 主計町が復活
  • 面積0.88ha・約30世帯(2004年に0.14ha拡大)
  • 由来は加賀藩士・富田主計の屋敷地といわれる

02 / 辰巳用水

谷を越えて城へ、水は伏越の理で上った。

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Photo by 金沢市 (CC BY 2.1 jp)

寛永9年(1632)、3代藩主前田利常が板屋兵四郎に命じて造らせたと伝わる辰巳用水。犀川上流から金沢城まで全長約11kmを結び、谷を渡る区間には逆サイフォンの原理「伏越の理」を用いた。石川門前の土橋には木樋が埋められていた。2010年、うち約8.7kmが国史跡に指定された。

  • 1632年(寛永9) 板屋兵四郎が築いたと伝わる
  • 全長約11km、うち約8.7kmが国史跡
  • 逆サイフォンの原理「伏越の理」

03 / 加賀宝生

「松の上から謡が降る」と、たとえられた加賀宝生。

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Photo by Saigawasakurabashi (CC BY-SA 3.0)

5代藩主前田綱紀の時代、加賀藩は宝生流の能楽を取り入れ、藩士だけでなく町人にも稽古を許した。金沢では「松の上から謡が降って来る」と植木屋がたとえたと伝わるほど、謡が暮らしに溶け込んだ。加賀宝生は1950年、金沢市の無形文化財に指定された。

  • 5代藩主前田綱紀が宝生流を導入
  • 1950年8月11日 金沢市指定無形文化財
  • 「松の上から謡が降る」(植木屋の言葉と伝わる)

くらし

「弁当忘れても傘忘れるな」の空模様。

  • 人口46万人規模
  • 新幹線が停まる

金沢地方気象台の平年値で、年間降水量はおよそ2,400ミリにのぼる。日本海側の気候で雨や雪の日が多く、「弁当忘れても傘忘れるな」という言い方が今も使われている。

住んでいる人
463,254人
19952020

2015年より −0.5%

453,975 → 463,254人

面積
468.81km²

うち可住地 191.95km²

2024年

世帯数
207,520世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
4.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院43/診療所419

人口1万人あたり 10.0

2023年

面積468.81km²うち可住地191.95km² / 41%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 103園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの金沢市36.561°N 136.656°E
東京大阪金沢市
金沢駅
金沢駅2022年
  • 東京まで北陸新幹線150分
  • 名古屋まで高速バス230分
  • 大阪まで高速バス325分

所要時間は観光公式「金沢旅物語」のアクセスページ(東京の値)、名鉄バス公式時刻表(名古屋・昼行)、近鉄バス公式時刻表(大阪・昼行)。本体の決め(2026-09-25)で3区間・夜行の京都366分・大阪446分は外した(2026-09-25 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・6市町村に、接している。

金沢市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

37.3km

石川県
白山市・津幡町・野々市市・内灘町
富山県
南砺市・小矢部市

金沢市は、こういう町です。

  1. 01金沢市は、加賀藩前田家の城下町として栄えました。尾山神社の神門は明治8年(1875)、和・漢・洋の様式を混ぜて建てられ、3層目の色ガラスは金石近海を通る船の灯台になったと伝わります。
  2. 02浅野川ぞいの主計町は、住居表示で消えていた旧町名が1999年に復活した町です。加賀藩士・富田主計の屋敷地にちなむといわれ、茶屋建築の続く町並みは国の伝統的建造物群保存地区にも選ばれています。
  3. 03寛永9年(1632)に板屋兵四郎が築いたと伝わる辰巳用水は、逆サイフォンの原理「伏越の理」で谷を越えて金沢城へ水を送りました。加賀藩の能楽「加賀宝生」は藩主だけでなく町人にも広まり、いまも受け継がれています。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。