01 / 主計町
消えた「主計町」の名が、また住所になった。

1999年10月1日、住居表示で消えていた「主計町」が尾張町2丁目の一部として復活した。加賀藩士・富田主計の屋敷地にちなむといわれる名で、2004年に区域を広げた。いまは浅野川ぞいに茶屋建築が並ぶ。
- 1999年10月1日 主計町が復活
- 面積0.88ha・約30世帯(2004年に0.14ha拡大)
- 由来は加賀藩士・富田主計の屋敷地といわれる
01 / 主計町

1999年10月1日、住居表示で消えていた「主計町」が尾張町2丁目の一部として復活した。加賀藩士・富田主計の屋敷地にちなむといわれる名で、2004年に区域を広げた。いまは浅野川ぞいに茶屋建築が並ぶ。
02 / 辰巳用水

寛永9年(1632)、3代藩主前田利常が板屋兵四郎に命じて造らせたと伝わる辰巳用水。犀川上流から金沢城まで全長約11kmを結び、谷を渡る区間には逆サイフォンの原理「伏越の理」を用いた。石川門前の土橋には木樋が埋められていた。2010年、うち約8.7kmが国史跡に指定された。
03 / 加賀宝生

5代藩主前田綱紀の時代、加賀藩は宝生流の能楽を取り入れ、藩士だけでなく町人にも稽古を許した。金沢では「松の上から謡が降って来る」と植木屋がたとえたと伝わるほど、謡が暮らしに溶け込んだ。加賀宝生は1950年、金沢市の無形文化財に指定された。
くらし
金沢地方気象台の平年値で、年間降水量はおよそ2,400ミリにのぼる。日本海側の気候で雨や雪の日が多く、「弁当忘れても傘忘れるな」という言い方が今も使われている。
2015年より −0.5%
453,975 → 463,254人
うち可住地 191.95km²
2024年
1世帯 2.2人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 10.0
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は観光公式「金沢旅物語」のアクセスページ(東京の値)、名鉄バス公式時刻表(名古屋・昼行)、近鉄バス公式時刻表(大阪・昼行)。本体の決め(2026-09-25)で3区間・夜行の京都366分・大阪446分は外した(2026-09-25 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
37.3km
いまの町を、見る。
出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)
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