大槌町・前川善兵衛歴代の墓(吉里吉里)
よみもの

03461 / おおつちちょう

岩手県 上閉伊郡

大槌町

同じ名を名乗った商家の墓が、丘にある。

前川善兵衛歴代の墓|吉里吉里

Photo by Ty19080914 (CC BY-SA 4.0)

01 / 前川家文書

約4700点の古文書が、江戸時代の水産物流通を伝える。

水産研究・教育機構が所蔵する前川善兵衛家文書は約4700点で、寛永7(1630)年から大正6年に及びます。前川家は盛岡藩の御用商人で、長崎俵物の出荷にも従事し、「御免石船」として交易にあたったと同機構は記します。

  • 約4700点
  • 寛永7〜大正6年
  • 「御免石船」

02 / 大槌城跡

二の郭の発掘で、寛永通宝や鉄滓が出土した。

大槌町の大槌城跡
Photo by Ty19080914 (CC BY-SA 4.0)

大槌氏累代の居城跡で、四つの郭が連なり、東に高館、西に西の砦を配した中世城館です。標高135mの二の郭では平成6年の発掘調査で掘立柱建物跡や柵列跡が見つかり、近世陶磁器、寛永通宝、角釘、鉄滓などが出土しました。

  • 県指定史跡
  • 四つの郭
  • 二の郭 標高135m

03 / 小鎚神社の樅

社のご神木の樅は、樹齢500年ともいわれる。

大槌町の小鎚神社の樅
Photo by Ty19080914 (CC BY-SA 4.0)

小鎚神社のご神木の樅の木は町指定の天然記念物で、樹齢500年ともいわれています。境内の石灯籠は、1748年に大槌の豪商前川善兵衛から寄進されたもので、町指定の有形文化財です。

  • 町指定天然記念物
  • 樹齢500年ともいわれる
  • 石灯籠 1748年寄進

空から見た大槌町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

町内の駅は、三陸鉄道リアス線の3つ。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

三陸鉄道リアス線の浪板海岸・吉里吉里・大槌の3駅が町内にあります。三陸鉄道の駅案内では、大槌駅は大槌町観光交流協会が受託する駅で駅構内に観光案内所があり、吉里吉里駅と浪板海岸駅は無人駅です。

住んでいる人
11,004人
19952020

2015年より −6.4%

18,301 → 11,004人

面積
200.42km²

うち可住地 24.72km²

2024年

世帯数
4,527世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所9

人口1万人あたり 9.1

2023年

面積200.42km²うち可住地24.72km² / 12%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの大槌町39.358°N 141.899°E
東京大阪大槌町
大槌町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

20.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

大槌町は、こういう町です。

  1. 01吉里吉里の小高い丘にある町史跡の前川善兵衛歴代の墓は、2代目以降は代々善兵衛を名乗った盛岡藩の御用商人、前川家の墓所
  2. 02前川家の古文書は約4700点が水産研究・教育機構に伝わり、大槌城跡の二の郭では寛永通宝や鉄滓が出土し、小鎚神社には樅と前川寄進の石灯籠がある
  3. 03町内の駅は三陸鉄道リアス線の大槌・吉里吉里・浪板海岸の3つで、大槌駅には観光案内所がある

気になったら、町に聞いてみませんか。