01 / 塩飽勤番所
咸臨丸の水夫、50人中35人が塩飽の島の出身だった。

1798年、塩飽諸島を治めた「人名」による自治の拠点として本島に建てられた勤番所跡は国の史跡です。1860年、太平洋を渡った咸臨丸の水夫50人のうち35人は塩飽の出身でした。近くの笠島地区には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた港町の家並みが残ります。
- 1970年 国指定史跡
- 1798年 建築(1860年改築)
- 水夫50人中35人が塩飽出身
01 / 塩飽勤番所

1798年、塩飽諸島を治めた「人名」による自治の拠点として本島に建てられた勤番所跡は国の史跡です。1860年、太平洋を渡った咸臨丸の水夫50人のうち35人は塩飽の出身でした。近くの笠島地区には、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた港町の家並みが残ります。
02 / うちわ

江戸初期、金毘羅参りの土産物として朱色に丸金印を入れた渋うちわが生まれ、丸亀藩が下級武士の内職として奨励したことで地場産業になりました。竹は伊予、紙は土佐、糊は阿波から仕入れ、年間約8,300万本を生産する全国シェア9割の産地です。平成9年、国の伝統的工芸品に指定されました。
03 / 一貫張
約1200年前、弘法大師が柿渋を塗る技法を讃岐に持ち帰ったのが一貫張の始まりと伝わります。竹で編んだかごに和紙を60枚重ねて張り、柿渋を塗っては陰干しする工程を数十回繰り返して仕上げます。いまは六代目万満庵一貫斎を名乗る西谷博樹さんただ1人が、昔ながらの技法で作り続けています。
くらし
JR予讃線の丸亀駅に特急が停まりますが、市内に新幹線の駅はありません。大阪へは高速バスが丸亀駅前まで乗り換えなしで結び、所要はおよそ3時間半です。
2015年より −0.5%
110,085 → 109,513人
うち可住地 81.74km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.9
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2005-03-22 に合併。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は香川県の移住ポータルサイト「かがわ暮らし」の丸亀市のページに『関西方面から 高速バス:大阪駅から約3時間30分』。同じページの鉄道の値(新大阪から乗り換え1回、約1時間30分/東京から乗り換え1回、約4時間)はどちらも岡山での乗り換え込みの合計で採らない(2026-09-25 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
23.8km
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