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よみもの

37404 / たどつちょう

香川県 仲多度郡

多度津町

湊町の豪商の邸宅は、日本遺産の一つ。

旧合田家住宅

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 四国鉄道の起点

1889年、讃岐鉄道が多度津から走り出した。

58685 steam locomotive preserved in Tadotsu 20041025.jpg
Photo by ball banban (CC BY 3.0)

明治22年(1889)5月23日、讃岐鉄道が多度津を起点に丸亀・琴平間16.4kmで開業しました。四国の鉄道の始まりとされ、JR四国は100周年を記念して8620形蒸気機関車の動輪を駅前に、機関車も駅舎北側に保存しています。いまも土讃線の0キロポストが多度津駅に立ちます。

  • 1889年 讃岐鉄道が開業(起点)
  • 丸亀・琴平間16.4km
  • 土讃線 0キロポスト

02 / 佐柳島の両墓制

佐柳島の長崎浜に、丸石の埋め墓が残る。

佐柳島南部の長崎集落には、浜辺の丸い石を積み上げた「埋め墓」と、山側の「参り墓」を分ける両墓制の墓が残ります。埋め墓は「サキバカ」「マエバカ」、参り墓は「ホンバカ」と呼ばれ、香川県指定の有形民俗文化財です。

  • 両墓制(埋め墓と参り墓)
  • 香川県指定 有形民俗文化財
  • 長崎集落(佐柳島)

03 / 高見島の石垣集落

高見島の急な斜面に、石垣の家々が並ぶ。

Takamijima.jpg
Photo by Bakkai (CC BY 3.0)

多度津沖合7.5kmに浮かぶ高見島は、平地が少なく、険しい斜面に石垣を積んで家々が階段状に並びます。多くは江戸時代の建築で、塩飽諸島の船大工「塩飽大工」の技を伝えるとされます。近年は瀬戸内国際芸術祭の会場の一つにもなっています。

  • 江戸時代築の石垣の家並み
  • 面積2.35km²
  • 塩飽大工の技

くらし

予讃線と土讃線が、多度津で分かれる。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

香川県中西部、瀬戸内海に面する港町です。JR予讃線と土讃線が多度津駅で分かれ、新幹線は通っていません。仲多度郡多度津町として、平成の合併を経ずに続きます。玄関口は多度津駅です。

住んでいる人
22,445人
19952020

2015年より −3.9%

23,749 → 22,445人

面積
24.39km²

うち可住地 18.91km²

2024年

世帯数
9,770世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
4.0万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所16

人口1万人あたり 8.9

2023年

面積24.39km²うち可住地18.91km² / 78%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの多度津町34.273°N 133.759°E
東京多度津町
多度津町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

13.9km

善通寺市・丸亀市・三豊市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

多度津町は、こういう町です。

  1. 01北前船の寄港でにぎわった湊町として、2019年、日本遺産「北前船寄港地・船主集落」に追加認定された。旧合田家住宅など船主・豪商の邸宅が今に残る。
  2. 02明治22年(1889)、讃岐鉄道が多度津を起点に開業し、これが四国の鉄道の始まりとされる。いまも土讃線の0キロポストが多度津駅に立つ。
  3. 03沖合の佐柳島には丸石を積む埋め墓と参り墓を分ける両墓制、高見島には石垣の家並みが残る。四国霊場77番の道隆寺、少林寺拳法発祥の地、多度津藩の陣屋跡もこの町にある。

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。