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よみもの

46533 / わどまりちょう

鹿児島県 大島郡

和泊町

校庭の巨木は、第1回の卒業生が植えた。

国頭小学校のガジュマル

Photo by Snap55 at Japanese Wikipedia (CC BY 3.0)

01 / 世之主の墓

二つの石門と二重の前庭をもつ墓は、島を治めたとされる世之主のものと伝わる。

和泊町内城にある墓は、第一石門、第二石門、納骨堂からなり、二重の前庭があると観光協会は記します。14〜15世紀ごろに島を治めたとされる世之主の墓と伝わり、2026年2月17日、沖永良部島古墓群の一つとして国の史跡に指定されました。

  • 第一石門・第二石門・納骨堂
  • 二重の前庭
  • 2026年2月17日 国指定史跡(古墓群)

02 / フーチャ

フーチャは、島の呼び名で「潮吹き上げ洞窟」のこと。

The Fucha.jpg
Photo by Snap55 (CC BY 3.0)

北海岸の切り立った断崖に、隆起サンゴ礁が荒波で浸食されてできた縦穴型の洞窟が口を開けます。国頭のフーチャは和泊町指定の景勝地で、観光協会は、強風時には数10mも潮が吹き上がることもあると記します。

  • 隆起サンゴ礁の縦穴型の洞窟
  • 和泊町指定の景勝地
  • 強風時は数10mも吹き上がることも

03 / 後蘭孫八の城跡

石灰岩の地形を生かした城は、世之主の家臣が築いたと伝わる。

後蘭孫八は、約15世紀頃に島を統治した世之主に仕えた四天王の一人です。観光協会は、孫八が築いた城は自然の石灰岩カルストを生かし、石積みで機能を強めた造りと記します。城跡は和泊町指定の史跡で、個人の所有です。

  • 世之主に仕えた四天王の一人
  • 石灰岩カルストを生かした石積み
  • 和泊町指定史跡

くらし

鹿児島から、船か飛行機で渡る島の町。

  • 人口6千人規模
  • 郡部の町

和泊町に鉄道は無く、玄関口は和泊港です。観光協会は、鹿児島から船で渡る道と、鹿児島空港などから沖永良部空港へ飛ぶ道を案内します。空港は町内にあり、気象で船が和泊港でなく町内の伊延港に着くこともあると記します。

住んでいる人
6,246人
19952020

2015年より −7.9%

7,869 → 6,246人

面積
40.39km²

うち可住地 37.36km²

2024年

世帯数
2,883世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所4

人口1万人あたり 6.4

2023年

面積40.39km²うち可住地37.36km² / 92%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1市町村に、接している。

日本のなかの和泊町27.392°N 128.655°E
東京大阪和泊町
和泊町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

8.7km

知名町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

和泊町は、こういう町です。

  1. 01国頭小学校の校庭のガジュマルは町指定の天然記念物で、1898年に同校の第1回の卒業生が植えたと観光協会は記す
  2. 02沖永良部島の古墓群は和泊町と知名町にまたがって国の史跡となり、和泊側の世之主の墓は島内最大規模の古墓と観光協会は記す
  3. 03町公式は、西郷隆盛が1年7か月の牢生活を送り「敬天愛人」の思想を確立した地として知られ、その教えが島の教育と文化に影響したと記す

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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