綾瀬市・神崎遺跡出土土器
よみもの

14218 / あやせし

神奈川県

綾瀬市

土器の95%に、東三河・西遠江の特徴。

神崎遺跡出土土器

Photo by のりまき at Japanese Wikipedia (CC BY 3.0)

01 / 早川城跡

土塁と堀切が残る、中世の山城の跡。

綾瀬市の早川城跡
Photo by Haya4 (CC BY 4.0)

早川城跡(城山公園)は、中世の山城の様子がわかる遺跡として、2008年に県史跡に指定されました。土塁、堀切、物見塚、曲輪などが残ります。出土した火鉢から14〜15世紀以降に使われた城と考えられ、渋谷一族が築いたとの一説も伝わります。

  • 県史跡 2008年指定
  • 14〜15世紀以降に使用

02 / 徳本名号塔

一つの石の台座に、「講中三拾ケ村」と刻まれている。

蓮光寺の徳本名号塔は、1817年に造立された六字名号塔で、市の指定文化財です。台座には「講中三拾ケ村」「講中一千三百五十三人」と刻まれ、市内の深谷村のほか、藤沢市域の長後村、大和市域の福田村、横浜市の東俣野村などの村名が見えます。

  • 1817年に造立
  • 講中三拾ケ村
  • 講中一千三百五十三人

03 / 五社神社

本殿の棟札に、造営の大工として鎌倉の円覚寺大工の名がある。

綾瀬市の五社神社
Photo by Haya4 (CC0)

五社神社の本殿と棟札9枚は、市の指定文化財です。市は、鎌倉時代に渋谷庄と呼ばれたこの近辺の総鎮守だったのではないかとみています。棟札によると造営の大工は鎌倉の円覚寺大工の高階隼人道直で、鎌倉大工の伝統的技術をうかがえるといいます。

  • 本殿と棟札9枚
  • 市指定文化財
  • 鎌倉の円覚寺大工

空から見た綾瀬市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2021年11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

鉄道の駅は無く、海老名駅や長後駅から行く。

  • 人口8万人規模

市に鉄道の駅は無く、市公式は海老名駅(小田急小田原線・相鉄本線・JR相模線)や長後駅(小田急江ノ島線)から行くと案内しています。神奈川県のほぼ真ん中にあり、市の花はバラです。光綾公園のあやせローズガーデンでは、オリジナルのバラ「ル・デパール・ド・アヤセ」などを見ることができます。

住んでいる人
83,913人
19952020

2015年より −0.6%

80,680 → 83,913人

面積
22.14km²

うち可住地 20.58km²

2024年

世帯数
34,879世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
6.0万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所30

人口1万人あたり 3.7

2023年

面積22.14km²うち可住地20.58km² / 93%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 9園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの綾瀬市35.437°N 139.426°E
大阪綾瀬市
綾瀬市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

6.7km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

綾瀬市は、こういう町です。

  1. 01国指定史跡の神崎遺跡は弥生時代後期の環濠集落で、出土した土器の95%から東三河・西遠江の特徴が確認され、東海地方から移住した人々のムラと考えられている
  2. 02早川城跡は土塁や堀切が残る県史跡の山城跡で、蓮光寺の徳本名号塔の台座には「講中三拾ケ村」「講中一千三百五十三人」と刻まれている
  3. 03五社神社の本殿の棟札には、造営の大工として鎌倉の円覚寺大工の名が載り、市は渋谷庄の総鎮守だったのではないかとみている

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。