大井町・ひょうたん(上大井駅)
よみもの

14362 / おおいまち

神奈川県 足柄上郡

大井町

駅でも、町のシンボルを育てている。

ひょうたん|上大井駅

Photo by Loasa (CC0)

01 / 綱島屋敷跡

領主が一つになっても、名主はそれぞれ残された。

江戸時代、金子村は小田原藩領と旗本の鵜殿氏の領地に分かれ、それぞれに名主が置かれました。綱島家は旗本領の名主でした。元禄2年(1689)に鵜殿氏が廃絶し村はすべて小田原藩領になっても名主は残され、明治維新まで村が2つあるような状態が続きました。

  • 元禄2年(1689)に鵜殿氏が廃絶
  • 明治維新まで村が2つあるような状態
  • 町指定重要文化財(昭和46年)

02 / 土偶形容器

頭に口のある土偶の形の容器に、乳児の骨と歯が納められていた。

中屋敷遺跡で見つかった土偶形容器は弥生時代前期のものとされ、頭頂に開口部があり、容器として使われたことが分かります。中には乳児の骨や歯が納められていました。実物は一般に公開されておらず、生涯学習センター2階にレプリカが展示されています。

  • 弥生時代前期のものとされる
  • 頭頂に開口部
  • 生涯学習センターにレプリカ

03 / 酒匂堰取入口跡

酒匂川の水を約290年引いた、3連の石の水門。

酒匂堰は酒匂川の水を田畑に引く農業用水路で、昭和12年(1937)に取り入れ口が上流の山北町に移るまで約290年間使われました。足柄大橋の工事中の昭和60年(1985)に見つかった水門は3連の石造りで、およそ幅4.85m、長さ7.20mありました。

  • 約290年間利用
  • 3連の石造りの水門
  • 町指定重要文化財(昭和46年)

空から見た大井町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年9月〜11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

御殿場線の駅が2つ。町名は「大井の庄」。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

町内にはJR御殿場線の上大井駅と相模金子駅があり、国府津駅から東海道本線へ、松田駅から小田急小田原線へ乗り換えられます。この一帯は鎌倉時代から「大井の庄」と呼ばれ、昭和31年の町制施行の際、その呼び名にちなんで大井町と名付けられました。

住んでいる人
17,129人
19952020

2015年より +0.6%

15,599 → 17,129人

面積
14.38km²

うち可住地 10.89km²

2024年

世帯数
6,683世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
5.4万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所11

人口1万人あたり 7.0

2023年

面積14.38km²うち可住地10.89km² / 76%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの大井町35.327°N 139.156°E
大阪大井町
大井町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

5.1km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

大井町は、こういう町です。

  1. 01町が「大井町のシンボル」と紹介するひょうたんは、ひょうたん池、けやき通り、上大井駅、郷土資料館の4か所で町が栽培しており、JR御殿場線の上大井駅もその一つ
  2. 02金子村には小田原藩領と旗本領の名主が置かれ、旗本領が廃絶したあとも明治維新まで続いた。町の文化財案内は、弥生時代前期の土偶形容器を国指定重要文化財と記す
  3. 03酒匂堰の取入口は昭和12年に上流へ移るまで約290年使われ、足柄大橋の工事中に見つかった3連の石造りの水門は、町指定重要文化財になっている

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。