01 / 綱島屋敷跡
領主が一つになっても、名主はそれぞれ残された。
江戸時代、金子村は小田原藩領と旗本の鵜殿氏の領地に分かれ、それぞれに名主が置かれました。綱島家は旗本領の名主でした。元禄2年(1689)に鵜殿氏が廃絶し村はすべて小田原藩領になっても名主は残され、明治維新まで村が2つあるような状態が続きました。
- 元禄2年(1689)に鵜殿氏が廃絶
- 明治維新まで村が2つあるような状態
- 町指定重要文化財(昭和46年)
01 / 綱島屋敷跡
江戸時代、金子村は小田原藩領と旗本の鵜殿氏の領地に分かれ、それぞれに名主が置かれました。綱島家は旗本領の名主でした。元禄2年(1689)に鵜殿氏が廃絶し村はすべて小田原藩領になっても名主は残され、明治維新まで村が2つあるような状態が続きました。
02 / 土偶形容器
中屋敷遺跡で見つかった土偶形容器は弥生時代前期のものとされ、頭頂に開口部があり、容器として使われたことが分かります。中には乳児の骨や歯が納められていました。実物は一般に公開されておらず、生涯学習センター2階にレプリカが展示されています。
03 / 酒匂堰取入口跡
酒匂堰は酒匂川の水を田畑に引く農業用水路で、昭和12年(1937)に取り入れ口が上流の山北町に移るまで約290年間使われました。足柄大橋の工事中の昭和60年(1985)に見つかった水門は3連の石造りで、およそ幅4.85m、長さ7.20mありました。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2022年9月〜11月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
町内にはJR御殿場線の上大井駅と相模金子駅があり、国府津駅から東海道本線へ、松田駅から小田急小田原線へ乗り換えられます。この一帯は鎌倉時代から「大井の庄」と呼ばれ、昭和31年の町制施行の際、その呼び名にちなんで大井町と名付けられました。
2015年より +0.6%
15,599 → 17,129人
うち可住地 10.89km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.0
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
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