01 / 合志義塾跡のカタルパ
新島襄の苗が、徳富蘇峰を経て合志の私塾に渡ったと伝わる。
合志義塾は1892年、西合志村黒松に開かれた私塾で、1949年の閉塾までに約7000人が学びました。跡の碑の横に立つカタルパは、新島襄が米国から持ち帰った苗が徳富蘇峰を経て、塾を開いた平田一十に渡ったと伝わります。
- 1892年 開塾・1949年 閉塾
- 約7000人が学ぶ
- 新島襄→徳富蘇峰→平田一十(伝承)
01 / 合志義塾跡のカタルパ
合志義塾は1892年、西合志村黒松に開かれた私塾で、1949年の閉塾までに約7000人が学びました。跡の碑の横に立つカタルパは、新島襄が米国から持ち帰った苗が徳富蘇峰を経て、塾を開いた平田一十に渡ったと伝わります。
02 / 竹迫日吉神社の楼門と国泰寺跡

竹迫日吉神社は1200年に竹迫氏の先祖が創建したと伝わり、社殿は宝永年間の再建と伝わります。南東そばの国泰寺跡では2020年の調査で、弥生後期の竪穴住居跡と13〜14世紀の堀跡が見つかり、竹迫氏の館跡の一角だった可能性が浮かびました。
03 / 二子山石器製作遺跡
合志川がつくった標高約70mの丘陵に、縄文時代後期から晩期の打製石斧の製作跡があります。玄武岩質安山岩の周りに剥片や未成品が多く、完成品は少ないといいます。この遺跡を供給源とする石斧は、白川から菊池川の間の約60か所の遺跡で確認されています。
くらし
県都・熊本市の北東にあり、通勤通学に便利なまちとして人口が増えてきました。熊本電鉄の菊池線が通り、終点の御代志駅は、1986年まで路線が菊池駅まで続いていました。
2015年より +5.8%
55,002 → 61,772人
うち可住地 46.08km²
2024年
1世帯 2.8人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
8.4km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
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