Yoimaka 2009 01.JPG
よみもの

45382 / くにとみちょう

宮崎県 東諸県郡

国富町

神輿と太鼓台が、町なかで競り合う。

六日町ヨイマカ|夏祭り

Photo by Sanjo (CC BY-SA 3.0)

01 / 本庄古墳群

明治4年、稲荷神社の司掌が、『本庄古墳図』を作った。

Honjo Kofun No28.jpg
Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

本庄古墳群は町の中心市街地と重なり、町の計画書は「市街地の中に古墳が所在するという全国的にきわめて珍しい状況」と記します。明治4年に剣塚稲荷神社の司掌・宮永真琴が『本庄古墳図』を作り、明治7年には図説も著しました。

  • 国史跡(昭和9年指定)
  • 57基(前方後円墳17・円墳37ほか)
  • 明治4年『本庄古墳図』

02 / 伊東祐青奉納墨書天井画

天井板の裏の願文に、「虎千代麿」の名がある。

伊東祐青奉納墨書天井板.jpg
Photo by 作者不明(16世紀) (Public domain)

法華嶽薬師寺に伝わる、縦横264cmの檜の天井板です。表は円相の内に雲龍図が描かれ、裏の墨書に、天正3年(1575)に伊東祐青が武運長久と家族の息災延命を祈って奉納したとあります。墨書の「虎千代麿」は、祐青の子・伊東マンショの幼名といわれます。

  • 県指定有形文化財(平成29年)
  • 天正3年(1575)奉納
  • 檜材の板2枚

03 / 万福寺

阿弥陀如来像の腹の中の墨書に、寛喜4年の造立とある。

天台宗の古刹・万福寺の本尊です。像内腹部の墨書銘から、寛喜4年(1232)に大仏師の僧・聖賢が造立したことがわかっています。中尊は像高78.8cm、両脇侍は99.1cm。三尊とも鎌倉時代の作で、国の重要文化財です。

  • 国指定重要文化財(昭和19年)
  • 寛喜4年(1232)造立
  • 像高 中尊78.8cm・脇侍99.1cm

くらし

宮崎駅から、路線バスで42分。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、宮崎駅から宮崎交通の路線バスで国富まで42分です。面積は130.63km²で、町公式は「農山村」と記します。中心の本庄は、江戸時代の正保2年に天領とされ、明治維新まで幕府直轄領でした。

住んでいる人
18,398人
19952020

2015年より −6.2%

22,130 → 18,398人

面積
130.63km²

うち可住地 53.54km²

2024年

世帯数
7,494世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
2.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所14

人口1万人あたり 8.7

2023年

面積130.63km²うち可住地53.54km² / 41%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 9園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの国富町31.991°N 131.323°E
東京大阪国富町
  • 宮崎まで路線バス42分

所要時間は宮崎交通公式サイト『路線別バス時刻表』(https://www.miyakoh.co.jp/rosen/timetable-rosen.html)の「2-03 行先:宮交シティ、宮崎駅~国富・綾・酒泉の杜 路線番号:301~305・314・324・325」の時刻表PDF(2-03_20261001.pdf。サーバーの最終更新 2026-09-24。PDF内の見出しの改正日は『2026年4月1日改正』のまま)を 2026-10-06 に読んだ。平日・土日祝とも、宮崎駅西②(宮崎駅)発→国富着が、10:10→10:52・11:05→11:47・12:35→13:17・13:06→13:48・14:05→14:47・14:36→15:18・15:30→16:12・16:35→17:17 のいずれも42分(平日表の宮崎駅西②・国富の行から読み取り。土日祝表の宮崎駅西②10:10・11:05・12:35→国富10:52・11:47・13:17 も同じ42分)。町公式『町へのアクセス』も『宮崎駅→国富バスセンター 42分』(2026-10-06 確認)。時間帯により異なります。

かたち

4市町村に、接している。

国富町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

18.5km

西都市・綾町・宮崎市・西米良村

国富町は、こういう町です。

  1. 01六日町ヨイマカは、本庄稲荷神社の夏祭りに出る太鼓台。白じゅばんの青年たちが、やぐらにくくられた4人の少年をかつぎ上げて六日町を練り歩き、神輿を迎える。町指定無形文化財(郷土芸能)
  2. 02本庄古墳群(国史跡)は、前方後円墳17基・円墳37基など57基が指定され、町の中心市街地と重なる。明治4年、剣塚稲荷神社の司掌・宮永真琴が『本庄古墳図』を作った
  3. 03伊東祐青奉納墨書天井画(県指定)の裏には天正3年(1575)の願文があり、「虎千代麿」は伊東マンショの幼名といわれる。万福寺の阿弥陀如来及び両脇侍像(三躯)は国の重要文化財

気になったら、町に聞いてみませんか。