01 / 麻績の名
麻績の地名は、伊勢神宮と関わる麻績部に発するようだと、村は記す。
村の文化財の解説は、麻績郷の地名が伊勢神宮と関係を持つ麻績部から発しているようだと記します。『倭名類聚鈔』に更級郡麻績郷、『神鳳鈔』に麻績御厨が載ります。観光サイトは、村名の由来を麻の一種「カラ麻」とし、古く糸にして伊勢神宮へ納めたと記します。
- 『倭名類聚鈔』に麻績郷
- 『神鳳鈔』に麻績御厨
- カラ麻を糸にして伊勢神宮へ
01 / 麻績の名
村の文化財の解説は、麻績郷の地名が伊勢神宮と関係を持つ麻績部から発しているようだと記します。『倭名類聚鈔』に更級郡麻績郷、『神鳳鈔』に麻績御厨が載ります。観光サイトは、村名の由来を麻の一種「カラ麻」とし、古く糸にして伊勢神宮へ納めたと記します。
02 / 麻績城跡

麻績城跡は県の史跡で、村の一覧は指定を昭和49年(1974)3月22日とします。城主服部清信の弟の海順坊が建てたという五輪塔と多宝塔は、専門家の調査で両基とも鎌倉・室町両時代のものが組み合わされていると鑑定され、人物の解明は今後の研究をまつと村は記します。
03 / 福満寺
福満寺の日光・月光の両菩薩は、薬師如来の脇侍です。村の解説は、元徳四年(1332)の善光寺住の妙海の作と判明しているとし、妙海が県内に残す九体の仏像のうち、四十八歳の時の最後の作と記します。村の一覧は、重要文化財の指定を平成8年(1996)6月27日とします。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2024年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
村は、聖山南麓の麻績川流域にあり、北は千曲市・長野市、東・南・西は筑北村と接すると記します。江戸時代は天領で、北国脇往還の麻績宿がおかれました。JR篠ノ井線の村内の駅は聖高原駅で、玄関口です。
2015年より −7%
3,499 → 2,593人
うち可住地 10.14km²
2024年
1世帯 2.7人
2020年
人口1万人あたり 7.7
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
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