筑北村・大切通し(青柳の岩山)
よみもの

20452 / ちくほくむら

長野県 東筑摩郡

筑北村

岩山を切り開いた道が、麻績へ続く。

大切通し|青柳の岩山

Photo by Qurren (CC BY-SA 4.0)

01 / 青柳宿

石垣の下をくりぬいた樋が、洗顔から家畜の水まで担った。

青柳宿は敷地が狭い傾斜地で、石垣の上に家が建ち、その下を水路が通るのが特徴と村は記します。石垣の下をくりぬいた樋の水は洗顔や洗い物、家畜の飲み水に使われ、向かいの家も利用しました。文政7年(1824)頃の記録は長さ3丁、幅3尺とします。

  • 長さ3丁・幅3尺(文政7年頃の記録)
  • 村指定史跡(平成23年)

02 / 差切峡

川が地層にほぼ垂直に流れ込み、谷ができた。

筑北村の差切峡
Photo by Qurren (CC BY-SA 4.0)

小川累層の硬い礫岩や砂岩の地層に麻績川がほぼ垂直に流れ込んでできた渓谷と、村は記します。奇岩が多く、洞穴や滝(大滝八たん)も見られるとし、昭和40年の県告示で県立自然公園に指定されたとも記します。道は山清路に通じます。

  • 礫岩と砂岩の地層に麻績川
  • 昭和40年県告示(村の記述)

03 / 修那羅山

山の神社の境内に、約1,000の石神仏が祀られている。

筑北村の修那羅山
Photo by 小池 隆 (CC BY 4.0)

修那羅峠から約20分登った舟窪山に、安宮神社があります。境内から裏山にかけ、猫神や狼神、蚕神、手をつないだ姉妹像など石神仏が約1,000祀られ、村は「民間信仰の縮図」の代表的なものの一つとして注目されていると記します。

  • 石神仏 約1,000
  • 海抜1,037m
  • 村指定史跡(昭和44年)

空から見た筑北村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年12月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

村内に、篠ノ井線の駅が三つある。

  • 人口4千人規模
  • 郡部の町

2005年に本城村・坂北村・坂井村が合併してできた村で、面積は99.47km²。村内にJR篠ノ井線の西条・坂北・冠着の3駅があり、村は松本まで電車で約20分、長野まで約50分と記します。玄関口は西条駅です。

住んでいる人
4,149人
2010

2015年より −12.3%

5,172 → 4,149人

面積
99.47km²

うち可住地 15.51km²

2024年

世帯数
1,687世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所2

人口1万人あたり 4.8

2023年

面積99.47km²うち可住地15.51km² / 16%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

7市町村に、接している。

日本のなかの筑北村36.403°N 138.012°E
大阪筑北村
筑北村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

11.9km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

筑北村は、こういう町です。

  1. 01青柳のはずれの大切通しは、麻績村への道が通る岩山を、天正8年(1580年)に青柳伊勢守頼長が切り開いたものと村は記し、村指定の史跡になっている
  2. 02青柳宿には石垣の下をくりぬいた樋の水路があり、麻績川が地層にほぼ垂直に流れ込んだ差切峡と、約1,000の石神仏が祀られる修那羅山も村内にある
  3. 032005年に3村が合併した村で、JR篠ノ井線の駅が3つあり、玄関口は西条駅

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。