NanatugamaEntrance.JPG
よみもの

42212 / さいかいし

長崎県

西海市

石灰岩でなく、砂岩にできた洞。

七釜鍾乳洞

Photo by Ken.y (CC BY-SA 3.0)

01 / ホゲット石鍋製作遺跡

岩壁に30〜40cmの方眼を割りつけ、石鍋を削り出した工程を読みとれる。

滑石製の石鍋は、平安時代末から中世の西日本で広く普及した。西彼杵半島の山中に製作遺跡は70か所を超え、ここは11の製作所が集中する。第6製作所は高さ約6m、幅約60mの岩壁に、製作途中の石鍋や削り取った窪みが数多く見える。

  • 国指定史跡(1981年9月8日指定)
  • 11の製作所が集中(市)
  • 第6製作所は高さ約6m・幅約60mの岩壁(市)

02 / 南蛮船来航の地

ポルトガル船と入港する商人は、関税を10年間、免除された。

MG 9037 横瀬浦.JPG
Photo by Hitoshi Salamoto (CC BY-SA 4.0)

永禄5年(1562)、横瀬浦は南蛮貿易港として開港した。領主は大村純忠。翌年の永禄6年(1563)に反純忠派勢力の襲撃で焼失し、貿易港は福田、のちに長崎へ移った。横瀬浦公園には、横瀬浦の歴史を紹介する資料館がある。

  • 県指定史跡(1941年1月17日指定)
  • 開港は永禄5年(1562)
  • 入港する商人の関税を10年間免除(市)

03 / 西彼杵半島猪垣基点

基点石の刻字『享保七』は、『郷村記』の着工の記事と一致する。

猪や鹿から田畑を守る石垣の基点で、中浦にある。玄武岩に『享保七□寅年』(□は判読できない1字)と2行に刻まれ、『郷村記』の享保7年(1722)6月に築き始めた記事と一致する。1976年の調査で、猪垣は半島の山地をほぼ一周するとわかった。

  • 県指定有形民俗文化財(1968年4月23日指定)
  • 刻字は1文字約10cm角(市)
  • 1976年の県の調査で、山地をほぼ一周と判明(市)

くらし

東は大村湾、西は五島灘に面する。

  • 人口3万人規模

西彼杵半島の北部にあり、長崎市と佐世保市の中間に位置する。東岸は大村湾、西岸は五島灘と角力灘に面し、平島・江島・松島は橋で結ばれていない有人島。2005年に西彼町・西海町・大島町・崎戸町・大瀬戸町が対等合併して生まれた。長崎駅から長崎バスなどで西海市役所まで約1時間35分。

住んでいる人
26,275人
20052020

2015年より −8.4%

33,680 → 26,275人

面積
241.98km²

うち可住地 105.31km²

2024年

世帯数
11,180世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
2.3万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所23

人口1万人あたり 9.5

2023年

面積241.98km²うち可住地105.31km² / 44%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 18園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1市町村に、接している。

日本のなかの西海市32.933°N 129.643°E
東京大阪西海市
西海市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

22.7km

長崎市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

西海市は、こういう町です。

  1. 01七釜鍾乳洞は、西海町中浦を流れる江川内川と清水川の流域にある洞窟群の総称で、国の天然記念物です。母岩は約3,000万年前の石灰質砂岩で、指定地の内外に35の洞穴が確認されています。
  2. 02ほかに、県指定史跡の中浦ジュリアン出生の地、多以良の小佐々氏墓所、松島炭鉱第4坑跡があります。平島の砥石山について、市の島マップは、採った砂石が紙を作るためのパルプストーンに加工されたと記しています。
  3. 03長崎県西部、西彼杵半島の北部にある市で、東は大村湾、西は五島灘に面し、平島・江島・松島などの島を持ちます。

気になったら、町に聞いてみませんか。