01 / ホゲット石鍋製作遺跡
岩壁に30〜40cmの方眼を割りつけ、石鍋を削り出した工程を読みとれる。
滑石製の石鍋は、平安時代末から中世の西日本で広く普及した。西彼杵半島の山中に製作遺跡は70か所を超え、ここは11の製作所が集中する。第6製作所は高さ約6m、幅約60mの岩壁に、製作途中の石鍋や削り取った窪みが数多く見える。
- 国指定史跡(1981年9月8日指定)
- 11の製作所が集中(市)
- 第6製作所は高さ約6m・幅約60mの岩壁(市)
01 / ホゲット石鍋製作遺跡
滑石製の石鍋は、平安時代末から中世の西日本で広く普及した。西彼杵半島の山中に製作遺跡は70か所を超え、ここは11の製作所が集中する。第6製作所は高さ約6m、幅約60mの岩壁に、製作途中の石鍋や削り取った窪みが数多く見える。
02 / 南蛮船来航の地
永禄5年(1562)、横瀬浦は南蛮貿易港として開港した。領主は大村純忠。翌年の永禄6年(1563)に反純忠派勢力の襲撃で焼失し、貿易港は福田、のちに長崎へ移った。横瀬浦公園には、横瀬浦の歴史を紹介する資料館がある。
03 / 西彼杵半島猪垣基点
猪や鹿から田畑を守る石垣の基点で、中浦にある。玄武岩に『享保七□寅年』(□は判読できない1字)と2行に刻まれ、『郷村記』の享保7年(1722)6月に築き始めた記事と一致する。1976年の調査で、猪垣は半島の山地をほぼ一周するとわかった。
くらし
西彼杵半島の北部にあり、長崎市と佐世保市の中間に位置する。東岸は大村湾、西岸は五島灘と角力灘に面し、平島・江島・松島は橋で結ばれていない有人島。2005年に西彼町・西海町・大島町・崎戸町・大瀬戸町が対等合併して生まれた。長崎駅から長崎バスなどで西海市役所まで約1時間35分。
2015年より −8.4%
33,680 → 26,275人
うち可住地 105.31km²
2024年
1世帯 2.4人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 9.5
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
22.7km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。