01 / 寺跡
東西の塔の跡に、礎石が残されている。

比曽寺は、世尊寺の境内に塔跡の礎石が残る寺の跡。奈良時代(8世紀頃)には東西に塔を置く薬師寺式の伽藍を整えていたと、町は考えます。東塔跡にあったとされる三重塔は、のち滋賀の三井寺に寄進されました。昭和2年(1927)に国の史跡になっています。
- 国史跡 1927年4月8日指定
- 8世紀頃は薬師寺式の伽藍
- 東塔跡の三重塔は三井寺へ
01 / 寺跡

比曽寺は、世尊寺の境内に塔跡の礎石が残る寺の跡。奈良時代(8世紀頃)には東西に塔を置く薬師寺式の伽藍を整えていたと、町は考えます。東塔跡にあったとされる三重塔は、のち滋賀の三井寺に寄進されました。昭和2年(1927)に国の史跡になっています。
02 / 巨樹と神事

土田のケヤキは吉野川北岸の堤防に自生し、高さ15m、幹周り約8m、枝の張り出しは東西40m、樹齢は推定700年とされます。毎年7月26日、橿原市の畝火山口神社の夏季大祭に用いる水を、この樹下の川辺で汲む水取り神事があります。初見の記録は宝暦9年(1759)です。
03 / 猿楽

桧垣本猿楽座は、室町時代から江戸時代にかけての約300年、吉野猿楽の一座として活躍し、笛方・太鼓方の芸祖であったとされます。桧垣本七郎作の面は明応2年(1493)の刻銘をもち、吉野山の神社に伝わります。桧垣本八幡神社の鳥居の前には、猿楽の解説板があります。
くらし
町内には近鉄吉野線の駅が六つあり、特急が停まるのは下市口駅と福神駅です。時刻表では、大阪阿部野橋から下市口まで特急で最速61分。町公式は、大阪阿部野橋駅から近鉄特急で約60分と案内します。橿原神宮前駅からは、近鉄特急で約25分とも案内しています。
2015年より −7.4%
20,015 → 16,728人
うち可住地 18.46km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は近畿日本鉄道『駅の時刻表』(eki.kintetsu.co.jp/norikae/T2・T5・T7)。取得は2026-10-14。①下市口駅(uid=89310・吉野線 大阪阿部野橋方面〈lineDirection=373-10,1〉)の発車一覧を平日(dw=0)・土休日(dw=1)の4時〜24時、1時間ごとに引き、『特急』『特急さくらライナー(車いす対応車両)』の各列車の停車駅発着表(T7)で、下市口『発』→大阪阿部野橋『着』を数えた(平日15本・土休日14本)。②大阪阿部野橋駅(uid=49364・南大阪線 吉野方面〈lineDirection=349-0,1〉)の発車一覧を同じ方法で引き、吉野・橿原神宮前行きの特急の発着表で、阿部野橋『発』→下市口『着』を数えた(平日・土休日とも12本)。作業の控えは $SP/oyodo/(kt_up_wd.json・kt_up_hol.json・kt_down_wd.json・kt_down_hol.json・ktscan.py・ktscan2.py・ktcalc.py)(2026-10-14 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
5.8km
気になったら、町に聞いてみませんか。