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よみもの

47313 / ぎのざそん

沖縄県 国頭郡

宜野座村

集落の東西北の入口に、獅子が一つずつ座る。

イシガントウ|惣慶

Photo by Bérangère444 (CC BY-SA 4.0)

01 / 宜野座の八月あしび

獅子を踊り神として崇め、遊びの場に迎え、また送る。

隔年の旧暦八月十五日、宜野座区の広場「平松毛」に仮設舞台のバンクを組み、二才団が中心となって芸能を演じます。組踊は二演目が伝承され、2005年に記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選定されました。

  • 隔年の旧暦八月十五日
  • 組踊は二演目が伝承
  • 2005年 記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択

02 / 前原貝塚

前原貝塚からは、オキナワウラジロガシの実の炭化物が多量に出土している。

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Photo by Bérangère444 (CC BY-SA 4.0)

福地川の河口北側にある前原貝塚では、オキナワウラジロガシの実の炭化物が多量に出土しました。村公式は、当時の食生活を垣間見ることができるとします。写真は2025年1月に村立博物館で撮られた展示で、実が積み重なっています。

  • 福地川の河口北側
  • 実の炭化物が多量に出土
  • 写真は村立博物館の展示(2025年1月撮影)

03 / 屋取集落と入植地

首里の士族が移り住んだ屋取集落や入植地の名の大半が、いまも小字名として残る。

1879年の廃藩置県の前後から、首里の士族が移り住んだ屋取集落が、アニンドー・城原・大久保・兼久・前原・潟原などに生まれました。1935年以降は福山・古知屋で開墾と入植が始まり、城原と福山は村の分離・独立と同時に行政区になりました。

  • 1879年の廃藩置県の前後から
  • 1935年以降 福山・古知屋で開墾と入植
  • 城原・福山は村の分離・独立と同時に行政区に

くらし

那覇空港から車で約90分、本島北部の東海岸にある村。

  • 人口6千人規模
  • 郡部の町

宜野座村は国頭郡の村で、鉄道の駅はありません。村公式は、那覇空港から国道58号・329号を北上して車で約90分、役場は宜野座インターチェンジから車で5分としています。高速バスは沖縄バスの111番・117番で、降りたあとは路線バスの77番が案内されています。

住んでいる人
5,833人
19952020

2015年より +4.2%

4,651 → 5,833人

面積
31.31km²

うち可住地 15.51km²

2024年

世帯数
2,239世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所2

人口1万人あたり 5.1

2023年

面積31.31km²うち可住地15.51km² / 50%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの宜野座村26.482°N 127.976°E
東京大阪宜野座村
宜野座村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

7.2km

名護市・金武町・恩納村

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

宜野座村は、こういう町です。

  1. 01惣慶集落の東西北の入口には、石灰岩の村獅子「イシガントウ」が安置され、集落に入ろうとする災いを返すために置かれたと伝えられ、供え物をする年中行事シマカンカーは1985年に復活した
  2. 02宜野座区の八月あしびは、隔年の旧暦八月十五日に平松毛で行われ、県指定無形民俗文化財の京太郎もこの芸能の中で伝承されている
  3. 03村公式の歴史は、前原貝塚の出土から貝塚時代の食生活を垣間見られるとし、廃藩置県の前後には首里の士族が移り住む屋取集落が村域にできたと記す

気になったら、町に聞いてみませんか。