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よみもの

47311 / おんなそん

沖縄県 国頭郡

恩納村

丘の上ではなく、斜面を蛇行する石畳。

仲泊遺跡|比屋根坂石畳道

Photo by Bérangère444 (CC BY-SA 4.0)

01 / 恩納ナビー

松の下の歌碑に、恩納ナビーの琉歌が刻まれている。

恩納松下の碑.jpg
Photo by 平地ポカ (CC BY-SA 4.0)

恩納ナビーは、琉歌を詠んだ女流歌人です。生まれた時期は定かでなく、残した歌から18世紀初めごろと思われています。琉歌は、上の句が8音・8音、下の句が8音・6音。恩納松下の歌碑は代表作の一つを刻み、村指定文化財と観光協会は紹介しています。説明板もあります。

  • 18世紀初めごろと思われる
  • 恩納松下の歌碑は村指定と観光協会が紹介
  • 誕生屋敷跡に碑が立つ

02 / 山田城跡

山田按司が代々住んだグスクから、柱穴と青磁、矢じりが出土している。

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Photo by Nibachanchan (CC BY-SA 4.0)

山田城跡では、建物跡を示す柱穴や青磁、矢じり、唐銭類が多数出土しました。護佐丸が幼いころを過ごしたとも伝わります。北側の崖下の谷川には、中央がせり上がったアーチ形の石矼が架かります。詳しい場所は、役場に問い合わせるよう村公式が案内しています。

  • 2008年 国指定史跡
  • 14世紀〜15世紀初めの中国産陶磁器が出土
  • 石矼は既存の石4枚を組み合わせて修復

03 / 真栄田の一里塚

宿道に対でつくられた一里塚は、土と炭を混ぜ合わせて築かれた。

真栄田の一里塚は、多幸山の山中、真栄田集落側の宿道沿いにあります。土と炭を混ぜ合わせた土塚で、上部に琉球松などが植えられ、対に設置されていました。片方は開墾で壊され、現在は復元されています。

  • 2004年9月30日 国指定史跡「国頭方西海道」
  • 土と炭を混ぜ合わせた土塚
  • 村内5か所のうち2か所が残る

くらし

那覇から車で1時間ほどの、南北に細長い村。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

恩納村は沖縄本島のほぼ中央、西海岸にある、南北27.4km・東西4.2kmの細長い村で、鉄道はありません。村公式は、那覇から沖縄自動車道を使えば車で1時間ほどと案内し、空港から路線バスも運行すると書いています。玄関口は村役場です。

住んでいる人
10,869人
19952020

2015年より +2%

8,685 → 10,869人

面積
50.81km²

うち可住地 20.6km²

2024年

世帯数
4,735世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 2.8

2023年

面積50.81km²うち可住地20.6km² / 41%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

6市町村に、接している。

日本のなかの恩納村26.497°N 127.854°E
東京大阪恩納村
恩納村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

12.9km

金武町・うるま市・読谷村・名護市・宜野座村・沖縄市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

恩納村は、こういう町です。

  1. 01仲泊遺跡は、4つの貝塚と1つの洞、比屋根坂石畳道からなる国指定史跡で、石畳道は丘の上ではなく東と西の斜面に蛇行して造られ、東側に約98m、西側に約76.5mが残る
  2. 02恩納ナビーは、琉歌を詠んだ18世紀初めごろの女流歌人で、歌碑は恩納松下のほか、村の博物館が名勝として紹介する万座毛にも立つ
  3. 03山田按司が代々住んだ山田城跡は国指定史跡で、真栄田の一里塚は国指定史跡「国頭方西海道」に含まれ、比屋根坂石畳道は2つの一里塚を結ぶ道と村教育委員会の説明板にある

気になったら、町に聞いてみませんか。