大池のオヒルギ群落 - panoramio.jpg
よみもの

47357 / みなみだいとうそん

沖縄県 島尻郡

南大東村

海辺の木が、内陸の池のほとりに群れる。

大池のオヒルギ群落

Photo by yujisan (CC BY 3.0)

01 / 江戸相撲と沖縄角力

江戸相撲と沖縄角力の、異なる二つの土俵が整備されている。

南大東島の相撲大会.jpg
Photo by 東京都特許許可局 (CC BY-SA 3.0)

1900年1月23日、八丈島からの開拓団23名が西港に上陸しました。村では八丈文化の江戸相撲と沖縄文化の沖縄角力の両方が行われ、異なる2種類の土俵が整備されています。豊年祭は毎年9月22・23日です。

  • 1900年1月23日 開拓団23名が西港に上陸
  • 江戸相撲と沖縄角力の2種類の土俵
  • 豊年祭は毎年9月22・23日

02 / 海軍棒

海軍が建てた棒のある所として、開拓者が一帯を海軍棒と呼ぶようになった。

南大東島 (64).JPG
Photo by 衛兵隊衛士 (CC BY-SA 3.0)

1892年に軍艦海門号が島を調査し、「大日本帝国軍艦海門、明治25年8月6日之を建つ」と記したものを建てました。村勢要覧によれば、開拓者はこの辺一帯の海岸を海軍棒と呼ぶようになりました。

  • 1892年 軍艦海門号が島を調査
  • 「明治25年8月6日之を建つ」と記したものを建てた
  • 一帯の海岸を海軍棒と呼ぶようになった

03 / 西港の旧ボイラー小屋

島の珊瑚石灰岩を乱積にした石造が、西港を見渡す場所に建つ。

文化庁は、台風時に船舶を陸地に引き揚げておくための施設の原動力室と解説します。1924年ごろの石造で、島の珊瑚石灰岩を乱積にして壁体を築き、2000年12月4日に登録有形文化財になりました。

  • 1924年ごろ 石造・建築面積115㎡
  • 島の珊瑚石灰岩を乱積に築造
  • 2000年12月4日 登録有形文化財

くらし

那覇から飛行機で約1時間、島の村。

  • 人口1千人規模
  • 郡部の町

南大東村は南大東島だけの村で、鉄道はありません。玄関口は南大東空港です。村公式の案内では、那覇空港から南大東空港まで飛行機で約1時間です。船もあり、運航日は大東海運の公式で確かめられます。

住んでいる人
1,285人
19952020

2015年より −3.3%

1,473 → 1,285人

面積
30.52km²

うち可住地 22.17km²

2024年

世帯数
680世帯

1世帯 1.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所1

人口1万人あたり 7.8

2023年

面積30.52km²うち可住地22.17km² / 73%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

0市町村に、接している。

日本のなかの南大東村25.829°N 131.232°E
東京大阪南大東村
南大東村の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

6.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

南大東村は、こういう町です。

  1. 01大池のオヒルギ群落は、村公式が国指定天然記念物として紹介する、島の北部の大池の北端周辺の湿地帯にある群落で、本来は泥土質の海岸に生育するオヒルギが内陸部に分布することは、島の珊瑚礁の発達と地盤の変動の経過を示すと考えられ、内陸封鎖型として学術上価値が高いという
  2. 02西港は、島の周囲がすべて断崖絶壁で大型船が直接岸壁に接岸できないため、村公式が「全国的にも非常に珍しい光景」と記すクレーンでの上陸が行われる場所で、1900年に開拓団が上陸した地でもある
  3. 03島の中央部には大小50余りのカルスト湖沼が点在すると村公式は記し、気象庁は、南大東島地方気象台を、1917年に島で気象観測を行っていた製糖会社の私設気象観測所を起源とすると記す

気になったら、町に聞いてみませんか。