01 / 荒穂神社の御神幸祭
荒穂神社の秋の大祭は、約10〜15kgの鉦を頭の上に振り上げて叩く。

荒穂神社の御神幸祭は秋分の日に行われ、町民は通称「ドン、キャン・キャン」と呼びます。鉦風流の鉦は約10〜15kgほど。永正2年(1505)の断簡に「田楽、舞楽奏、獅子」とあり、少なくとも16世紀初頭以前から行われていたと町の計画は書きます。
- 鉦は約10〜15kgほど
- 秋分の日に行われる
- 永正2年(1505)の断簡に「田楽、舞楽奏、獅子」
01 / 荒穂神社の御神幸祭

荒穂神社の御神幸祭は秋分の日に行われ、町民は通称「ドン、キャン・キャン」と呼びます。鉦風流の鉦は約10〜15kgほど。永正2年(1505)の断簡に「田楽、舞楽奏、獅子」とあり、少なくとも16世紀初頭以前から行われていたと町の計画は書きます。
02 / 基肄城跡の水門跡
基肄城跡の谷部の石塁は、長さ26m、高さ8.5m、上部の幅3.3mほどが残ります。水門跡は、域内の谷水でできた住吉川(簡川)の水を流すため石塁の下部を貫き、長さ10m、高さ1.4m、幅1mほど。町内の関屋土塁・とうれぎ土塁は「小水城」とも呼ばれ、指定文化財の一覧にはありません。
03 / 枯れ松国境争論
町の計画によると、文化年間の初め、肥前と筑前の二国境に植えられていた松が枯れて争論になりました。城戸村の庄屋の梁井家は、争論を棚上げして三国境の問題を持ち出し、仲裁の庄屋を入れた協議で二国境も解決したといいます。二国境石の中央標石は、国道3号横の小公園にあります。
くらし
佐賀県の東端にあり、福岡県の筑紫野市と小郡市に隣接します。面積は22.15km²で、約3分の2が丘陵です。北部は基山を主峰とする山々が連なり、南部は筑紫平野へひらけた丘陵地帯で、秋光川・山下川が筑後川へ注ぎます。1889年に小倉・長野・園部・宮浦の4か村が合併して基山村となり、1939年に町制を施行しました。
2015年より −1.4%
18,444 → 17,250人
うち可住地 12.63km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 8.1
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
6.1km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。