01 / 松崎宿と松崎藩
約15年の間、独立していた松崎藩。設置に伴い、松崎は宿場町として整備された。

1668年、有馬豊範が久留米藩から分地を受け、約15年の間、市内の広い範囲が松崎藩として独立していた。設置に伴い、参勤交代道路に薩摩街道が用いられ、松崎は宿場町として整備された。幕末に建てられた大型の旅籠、旧松崎旅籠油屋が残る。
- 1668年に有馬豊範が分地を受ける
- 約15年の間、松崎藩として独立
- 旧松崎旅籠油屋は市指定有形文化財
01 / 松崎宿と松崎藩

1668年、有馬豊範が久留米藩から分地を受け、約15年の間、市内の広い範囲が松崎藩として独立していた。設置に伴い、参勤交代道路に薩摩街道が用いられ、松崎は宿場町として整備された。幕末に建てられた大型の旅籠、旧松崎旅籠油屋が残る。
02 / 小郡官衙遺跡群

小郡官衙遺跡は、7世紀末から8世紀前半につくられた筑後国御原郡の役所の跡で、国指定史跡。溝に囲まれた一辺240mの区画に、庁舎・官舎・倉庫が計画的に配置された。東へ2.1km離れた上岩田遺跡から役所が移り、さらに大刀洗町の下高橋官衙遺跡へ移ったことが明らかになっている。
03 / 伊吉櫨と内山伊吉

1730年(享保15年)に生まれた内山伊吉が、櫨の木の度重なる改良の末に「伊吉櫨」を作り上げ、各地に広まった。小郡は櫨蝋で大変な好景気となり、その栄華は木蝋業で財をなした豪商の邸宅、平田家住宅に見られる。
くらし
宝満川が市の中央を南北に流れ、西側に住宅地帯、東側に田園地帯が広がります。西鉄天神大牟田線に7つ、甘木鉄道に5つの駅があり、福岡天神駅から小郡駅まで急行で約30分。1972(昭和47)年に市制を施行しました。
2015年より +2.4%
50,612 → 59,360人
うち可住地 44.31km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 9.8
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
12.0km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。