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よみもの

11326 / もろやままち

埼玉県 入間郡

毛呂山町

少年が射手をつとめる、流鏑馬の町。

出雲伊波比神社の流鏑馬

Photo by Vitalie Ciubotaru (CC BY 3.0)

01 / 流鏑馬

射手は、15歳前後の少年。神社の馬場を、年に2度駆ける。

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Photo by Vitalie Ciubotaru (CC BY 3.0)

出雲伊波比神社の流鏑馬は、1063年に源義家が戦勝のお礼に奉納したのが始まりと伝わります。射手の「乗り子」は、11月3日は15歳前後の少年3人、3月は7歳未満の男児が務めます。神社にある専用の馬場で年2回行われ、2005年に県の無形民俗文化財になりました。

  • 1063年 始まりと伝わる
  • 乗り子は15歳前後の少年
  • 県指定無形民俗文化財

02 / 新しき村

武者小路実篤の「新しき村」は、ダムに追われてここへ来た。

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Photo by Abasaa (Public domain)

作家の武者小路実篤が1918年に宮崎県木城村で始めた共同体「新しき村」は、県営の発電所の建設で耕地が水に沈むことになり、1939年にいまの毛呂山町葛貫へ移りました。雑木林の開墾から始めて1958年に自活を達成。いまも米や茶をつくり、実篤の作品を集めた美術館を公開しています。

  • 1918年 宮崎で創設
  • 1939年 毛呂山へ移転
  • 1958年 自活を達成

03 / 桂木ゆず

香りを食べる時代を見越して、養蚕からゆずに替えた。

滝ノ入のゆずは、江戸後期の『新編武蔵風土記稿』に村の土産として載っています。昭和初期、串田市太郎は「ゆずのように香りを食べる時代が必ず来る。」と考えて養蚕からゆず栽培に転じ、「桂木ゆず」の名は全国へ。昭和30年代には全国有数の産地になりました。

  • 新編武蔵風土記稿に記載
  • 昭和初期 桂木柚子で東京へ出荷
  • 昭和30年代 全国有数の産地

くらし

池袋から、乗り換え1回で約60分。

  • 人口4万人規模
  • 郡部の町

町の中央をJR八高線と東武越生線が走り、4つの駅を使えます。池袋駅から東毛呂駅までは、東武東上線で坂戸駅へ出て越生線に乗り換えて約60分。車なら圏央鶴ヶ島ICから役場まで約25分です。町内には埼玉医科大学病院があります。

住んでいる人
35,366人
19952020

2015年より −5.1%

39,808 → 35,366人

面積
34.07km²

うち可住地 19.67km²

2024年

世帯数
15,764世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
4.7万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所16

人口1万人あたり 5.4

2023年

面積34.07km²うち可住地19.67km² / 58%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの毛呂山町35.941°N 139.316°E
大阪毛呂山町
毛呂山町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

7.6km

坂戸市・越生町・日高市・飯能市・鳩山町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

毛呂山町は、こういう町です。

  1. 01出雲伊波比神社の専用の馬場で、少年が射手をつとめる流鏑馬が年に2度奉納される
  2. 02武者小路実篤の「新しき村」が1939年に宮崎から移り、いまも美術館を開いている
  3. 03江戸の地誌にも載るゆずの産地で、昭和初期から「桂木ゆず」の名で知られる

気になったら、町に聞いてみませんか。