01 / なまず
吉川に来たら、なまずを食わずに帰るな。
中川と江戸川に挟まれた吉川には川魚料理が根づき、江戸時代初期には河岸に料亭が並んだといいます。「吉川に来て、なまず、うなぎ食わずなかれ」と言われ、なまずの身をたたき味噌を練り込んで揚げる「なまずのたたき」は郷土料理に。吉川駅南口には人間国宝・室瀬和美さん作の金色のなまずがいます。
- 江戸時代初期から川魚料理
- 郷土料理 なまずのたたき
- 1995年 金色のなまず
01 / なまず
中川と江戸川に挟まれた吉川には川魚料理が根づき、江戸時代初期には河岸に料亭が並んだといいます。「吉川に来て、なまず、うなぎ食わずなかれ」と言われ、なまずの身をたたき味噌を練り込んで揚げる「なまずのたたき」は郷土料理に。吉川駅南口には人間国宝・室瀬和美さん作の金色のなまずがいます。
02 / 舟運

幕府の直轄地だった江戸時代、新田開発で吉川は有数の水田地帯になり、米を江戸へ運ぶ中川の舟運で吉川河岸・平沼河岸が栄えました。縄などのわら細工も河岸から江戸へ送られ、その伝統は近年まで国技館の土俵だわらづくりに受け継がれていました。
03 / 寺

清浄寺は1261年、親鸞の高弟「二十四輩」の一人・西念が、舟の行き交う木売の川辺に開いたと寺は伝えます。境内の西念法師塔は六角の塔身に六角のかさを載せた鎌倉時代の石塔で、この種のものは県内でここだけ。「南無仏」と刻む青石の板碑とともに県の史跡です。
くらし
市内にはJR武蔵野線の吉川駅と、2012年に開業した吉川美南駅があります。東京駅から武蔵野線で吉川駅まで約50分で、市役所へは吉川駅北口からバスで向かいます。1973年の武蔵野線開通と吉川団地の建設を経て人口が増え、1996年に市になりました。
2015年より +3.2%
56,673 → 71,979人
うち可住地 31.62km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 6.0
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は市公式「市役所への交通案内」(2026-05-29 更新)の「JR東京駅から、武蔵野線でJR吉川駅まで約50分」。JR東日本の吉川駅の時刻表(2026年10月分・下り)で東京行きの直通があることを確かめた(2026-09-24 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
9.0km
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