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よみもの

09345 / はがまち

栃木県 芳賀郡

芳賀町

鳥居の先に、明和7年の本殿がある。

祖母井神社

Photo by Miyuki Meinaka (CC BY-SA 4.0)

01 / 導水

組合への加入が認められ、宝永3年に導水工事が始まった。

用水不足の東水沼の農民は、元禄3年(1690)に板戸用水からの分水を領主に願い出て、許されませんでした。交渉を続けて宝永3年(1706)に板戸用水組合への参入が認められ、導水工事が始まります。名主の岡田宗山が私財を投じ、文化3年(1806)の導水百周年に、ひ孫が碑を建てました。

  • 元禄3年 分水を願い出る
  • 宝永3年 導水工事が始まる
  • 文化3年 導水碑を建立

02 / 供養塔

10代将軍・家治の供養塔が、五行川の台地に立つ。

五行川東岸の台地の般若寺跡(弘仁11年・820創)に、徳川家治の供養塔(総高424cm)と、田安宗武の供養塔(総高313cm)が南を向いて立ちます。2基は家治の養女で宗武の娘の種姫が建て、ともに葵紋を刻みます。墓誌銘板には、家治が種姫に供養を託した遺言が記されています。

  • 家治塔 総高424cm
  • 宗武塔 総高313cm
  • 般若寺跡 弘仁11年創

03 / 古墳

亀の子が這うような古墳の頂に、行事神社が祀られている。

五行川と鬼怒川に挟まれた宝積寺台地の東端に築かれた古墳で、這う亀の子のように見えることから、古くから「亀の子山」と呼ばれます。全長は約56.3m。墳頂に行事神社が祀られ、墳丘のくびれの部分から前方部の端まで、参道になっています。築造は古墳時代前期と考えられています。

  • 全長約56.3m
  • 墳頂に行事神社
  • 古墳時代前期と考えられる

くらし

宇都宮駅東口から、停留場まで約40分。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町にJRの駅はありません。町公式の案内は、宇都宮駅東口から町内の芳賀町工業団地管理センター前停留場まで約40分、そこから役場までは約5km。徒歩約5分のトランジットセンターから、デマンドタクシーなどで向かいます。デマンドタクシー「ふれあいタクシーひばり」は事前登録が必要です。0歳から18歳の学年末までは、こども医療費が無料です。

住んでいる人
14,961人
19952020

2015年より −1.5%

17,424 → 14,961人

面積
70.16km²

うち可住地 62.23km²

2024年

世帯数
5,230世帯

1世帯 2.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所11

人口1万人あたり 7.4

2023年

面積70.16km²うち可住地62.23km² / 89%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの芳賀町36.548°N 140.058°E
大阪芳賀町
芳賀町工業団地管理センター前停留場
芳賀町工業団地管理センター前停留場2023年
  • 宇都宮まで宇都宮ライトレール39分

所要時間は町公式「交通・アクセス」(総務課。2026-04-02 更新)の『【LRT宇都宮駅東口停留場】→ LRT/芳賀町工業団地管理センター前停留場(約40分)』と、宇都宮ライトレール公式の停留場別時刻表(宇都宮駅東口・芳賀町工業団地管理センター前。『2026年4月1日 改正』)を突き合わせた。公式の時刻表の下り(芳賀方面)で、宇都宮駅東口の各発車に対し管理センター前の通過時刻が平日は38分後・土日祝は39分後に揃う(平日73本が38分、土日祝71本が39分)(2026-10-08 確認)。時間帯により異なります。

かたち

4市町村に、接している。

芳賀町の領域
境界:国土数値情報 N03湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

14.1km

高根沢町・市貝町・宇都宮市・真岡市

芳賀町は、こういう町です。

  1. 01町の中心・祖母井の祖母井神社は、明和7年(1770)建造の県指定の本殿をもち、「祖母井」と書いて「うばがい」と読む地名は、日光開山の勝道上人の産湯の霊水に由来すると語り継がれる(観光協会)
  2. 02東水沼の唐桶溜へ鬼怒川の水を引く導水工事が宝永3年(1706)に始まり、導水百年の碑は名主岡田宗山のひ孫が建てた
  3. 03般若寺跡の10代将軍家治の供養塔、亀の子の形に見える古墳の頂の行事神社が町にあり、文政10年(1827)の寺子屋風景図や、嘉慶2年(1388)の刻銘の鰐口も文化財に指定されている

気になったら、町に聞いてみませんか。